児頭骨盤不均衡(P.4)
体験者:じんこさん、まいっちんぐさん、あちゃんままさん、PONさん、どもプチさん、くくりさん、のりすけさん
~表の見方~

お名前(HN)

居住地

出産地

年齢

病院(総合か個人か)

帝切の回数

お子さんの生年月

 

HOMEPAGE


のりすけさん

埼玉県・千葉県松戸市

東京都・千葉県松戸市

30

総合

2回

2002.9・2004.8


予定日から一週間過ぎても何の兆候もなく、もうすぐ生まれるという油断から、
どんどん体重も増加していったので、管理入院になりました。
一日目は投薬→誘発剤の点滴で一時は二分おきの陣痛がつきましたが、下りてこず子宮口も開きませんでした。

でも夕方破水はしました。
翌日、やはり誘発しましたが微弱陣痛で、結局夕方帝王切開となりました。
7ヶ月くらいから、ベビーの頭が大きいと脅かされていましたが、本当に大きかったです。(出産時36.5cm)

私は術後は非常に順調で、翌々日にはシャワーも浴びることができました。
四日くらいで「これは大丈夫」と確信し、痛みも急速になくなっていった様な気がします。
でも、麻酔がうまく硬膜に入らず、何度も刺しなおしたあとに下半身麻酔となったため、
背中全体がひどく凝り、ベッドに寝ているのがつらかったです。
傷の痛みより、こちらの方がつらかったかも。

手術室に入ってから傷を縦か横か聞かれ、なんとなく医師が縦の方にしたそうだったので、縦にしました。

結果的に痛みも少なかったのではないかと思ってます。(入院仲間は皆、横で結構痛がってました。)


~2人目~

今回は、VBACを薦められましたが家族とも相談し、予定帝王切開を希望しました。
医師がVBACを薦めた理由としては、設備・技術共に自信があるのはもちろんの事、
手術の方が後が楽、二回切ったら次の選択肢は切るしかないということだった様です。
でも年齢的にももう二人でお終いと思っているので、医師にも納得してもらえました。
38週2日での手術でしたが、前の週の最後の健診ではすでに子宮口3センチで柔らかくなっているとの事で、入院まで安静にと告げられました。
家が三階建て一戸建てということもあり、何もしなくてもかなりいい運動になってしまっていた様です。
入院時に受けた内診では、やはり見掛け倒しの骨盤だったようで、前回の息子の時より
800g程小さかったにも関わらず、もしVBACしてもギリギリだと言われ、手術にして良かったと思いました。
当日、時間がなかなか決まらず、決まったと思ったら15分後との事。
手術前には息子には会えませんでした。主人に見送られ、手術室に入りましたが、やはり怖かったです。
手術前の肩への筋肉注射が、退院後の今でも痛いです。血栓防止にはタイツとポンプ式の
圧縮機を足につけられました。前回、足の裏の圧迫で動きが制限され、かなりつらかった
覚えがありますが、今回はふくらはぎの圧迫だったのでさほど気になりませんでした。
今回の腰椎麻酔はあまり痛くなく、初め少し気分が悪くなりましたが、何か(何だろ?)を調節してくれて手術中、後もずっと意識がありました。

研修医立会いとの事で少し時間がかかりましたがその分丁寧に処置してくれた印象を受けました。
前回の傷がかなり小さく、きれいだったので、その上を同じ様に切りました。
スタッフは皆親切で緊張をほぐしてくれて、安心していられました。
手術後は前回、興奮したのかしゃべりすぎて喉が渇いて死にそうだったので、なるべく
おとなしくして、家族も赤ちゃんを見てしばらくして引き取ってもらいました。
息子もママが普通じゃないのを察して、いい子してくれた様です。
その日の夜中から寝返りさせられ、翌日昼には歩いてました。何だか今思うと、気が
焦っていた様な気がします。二日目までは痛くて夜、座薬を入れてもらいました。
数日間は尿の測量をしましたが、それが辛くてしょっ中「忘れちゃいました」と言っていたら
一日早く切り上げさせてくれました(笑)。順調に出ていれば問題ないようです。
母子別室なので、今回は三日目から授乳の時間のみ娘に会えましたが、身体も結構辛かったので、ちょうど良かったかも知れません。
術後の経過がある程度予測できたので、早く動いて早く痛みがなくなれば、と、そればかり考えていましたが、

途中からあまり無理しないでのんびりやろうと思ったら、日に日に痛みも減り、回復していったように思います。
退院までに便秘の薬やらおっぱいの軟膏やら、予測できる投薬を色々とお願いして、
退院後も不安なく(何より一ヶ月健診までに病院に行く事がないように)、過ごしてます。



くくりさん

群馬県

神奈川県

30代

個人

1回

1998.3


私は元々太ってたのですが、妊娠37週目の時には+13kgになってました。
37
週の検診の日の内診時に「産道に贅肉がたくさん付いてるなあ」と先生。
そして超音波で見てる時に「子供が大きいから無理。今日切ってしまいましょう」と言われました。
いきなりだつたのでビックリ。すぐ家に帰りすぐ荷物持って入院しました。
13
時入院すぐ着替えて浣腸をしました。
それから点滴などをして、15時には手術室へ。
しばらくの間裸のまま手術台に放置されしばらくしてから剃毛→カテーテルをしました。
17
時すぎに体をエビのように曲げ腰椎麻酔しました。
本に「麻酔後お腹に針を刺したりして効き具合を確かめる」と見たので先生が「痛い?」って
聞いてきたので答えたらすぐ始まってしまうと思って何も答えなかった。
麻酔が効いてなかったらと思って時間稼ぎのつもりだったのに・・すぐ始まってしまった。
怖くて怖くて目隠しされてたからもっと怖かった。
いじくられてる感覚があり、引っ張られて「これって赤ちゃん出したのかな?」って思ったら
グガガーって音。「羊水吸い取ってんだぁ」と想像してました。
しばらくすると目隠しが外され近くに赤ちゃんが。
でも眼鏡なくて顔がわからなかった。
17
39分に4145gの男の子誕生!縫合が始まってから気分が悪くなり吐き気との戦い。
お昼御飯食べてしまってたのもあったんでしょうね。でも吐かずに耐えました。
縫合も終わりに近づき悪寒が、すごく寒くて病室に戻された時にエアコン30℃設定にしてもらいました。
夜には痛みで辛かった。痛み止めの注射は痛いけど効かなかったみたい。
当日の夜から寝返りしろと言われてこれも辛かった。
お腹に力が入らないし痛いし。
でも回りは帝王切開は楽なお産って考えすぎてるのがよーくわかった経験でした。



どもプチさん

海外

神奈川県

30

個人

1

2000.5


私の出産した産院では、全員臨月に骨盤のレントゲンをとる方針でした。
そのレントゲン撮影で、私の骨盤が比較的狭いことがわかりました。
その時の先生のお話では「内側に出っ張っている骨があって、ひっかかる可能性がある。
赤ちゃんも小さめなので、回旋異常が起きないかぎり大丈夫なので、経膣分娩でいきましょう。」
と言われました。
足にむくみがきていましたが、それについては、「生理的なもので大丈夫」と言われまていました。
しかし、38週で「足のむくみは妊娠中毒症です。骨盤も狭いので帝王切開に決めました。」と言われました。

予定帝王切開のため、入院をしたその日、微弱陣痛がきていることがわかったため、その晩帝王切開することになりました。
あわただしく、抗生物質に対するテスト、剃毛、浣腸をしました。
その間、夫と義母が手術の説明を簡単に受けました。私は何も聞きませんでした。
麻酔は腰椎麻酔でした。術後頭が痛くなる副作用があるのでそれを防ぐために、手術中と、今晩は頭を動かさないように指示されました。
麻酔はよくきいていたので、手術の痛みは感じませんでした。
子供を取り出す感覚もわかりませんでしたが、子供は無事産まれました。
それほど時間もかからなかったですし、痛みも無かったので、その時は(これは本当に楽だ)と思いました。
赤ちゃんをきれいにしてから、看護婦さんが一瞬だけ赤ちゃんの手を私の頬につけて
下さいました。その手は本当に柔らかく、無事に産まれたことをしみじみ嬉しく思い涙が出ました。

しかし、縫合をしている間に、段々呼吸が苦しくなってきました。
最初は、手術に対する精神的緊張と、頭を動かせないという体の緊張から、息苦しく感じるのかと思いましたが、どうもそんな程度ではありません。
酸素マスク?のようなものをしていましたが、効果はありませんでした。
ハーハー大きな呼吸が続きました。
先生は私の上半身をつねって、痛いかどうかたずねました。
つねった感じはわかりましたが、特に痛くは無かったので、そのように答えると、
先生は「今頃になって麻酔が上の方まできいてきた。こんなことはめずらしい」と
おっしゃいました。その時は先生の緊張した雰囲気を感じましたので、私も不安でした。
しばらくすると、麻酔はさめてきたようで、呼吸は楽になってきました。
「麻酔がさめる時は、寒く感じます」と言われました。
私は、寒くは感じなかったのですが、体の震えがひどく、腕が勝手に震え、腕にまいていた血圧計が何度もはずれてしまいました。
口も勝手に動き、呼吸とともに「アワワワ...」と声がでました。
呼吸が苦しくなったことと、震えがひどかったことで、かなり長い間、手術室にいました。

病室に戻った時まだ震えはひどかったのですが、夜だったこともあり夫と義母は、
一分もたつかたたないかのうちに帰ってしまいました。
まだ術後の痛みは感じていませんでした。
一晩は頭を動かさないように言われていましたので、誰もいない部屋で天井をむいてじっとしているのですが、それが大変でした。
首のあたりが緊張でとてもこってきました。
手術前に先生から、手術後眠れる薬を処方しましょうと言われていましたが、
私は帝王切開が決まってからショックて丸二日間、ほとんど一睡もしていませんでしたので、
手術後はさすがに眠れるだろうと思い、薬を断っていました。
しかし頭を動かせないのでリラックスできず、眠れそうにありません。
今晩も眠れなければ、今後の育児にさしさわると思い、看護婦さんに眠れる薬が欲しいと
言いました。看護婦さんは肩に眠れる薬を注射してくれました。
少しウトウトしたのでしょうか、ふと気付くと部屋の景色が一秒間に一回ぐらいの
スピードでグルグル回っています。とにかく気持ち悪くて仕方ありません。
ナースコールを押して看護婦さんを呼びました。
看護婦さんは「薬の影響だから大丈夫」とおっしゃいました。
しかし景色は回り続け、本当に本当に気持ちの悪い思いをしました。
私の頭はおかしくなってしまって、もう治らないのではないかと、不安で不安で仕方ありませんでした。
どのぐらいの時間がたったのかわかりませんが、ある時、回り続けていた景色が
止まりました。それと同時に、術後の痛みを感じ始めました。
また少しウトウトしたのでしょうか、今度は金縛りにあいました。
ナースコールを押そうとしても、手が動きません。やっとの思いでナースコールを押し
看護婦さんがやってきたのですが、今度は声が出ません。
その時何か言ったかどうかさだかではないのですが、看護婦さんの帰っていく後ろ姿を
覚えています。その後ろ姿も、ビデオで一時停止ボタンを頻繁に押した時のように、時々止まって見えました。
その後もウトウトした眠りと、金縛りが一晩続きました。
看護婦さんに来てもらいたいと思いましたが、何度も来てもらうのも悪いと思い我慢しました。心細かったです。
翌朝、一晩苦しんだ幻覚のような状態からは覚めました。そのかわり、本格的な術後の痛みと、後陣痛がおそってきました。
翌朝からは寝返りをした方が術後の治りが良いと言われていたので、寝返りをするよう
努力しました。
しかし痛みがひどくて、耐えられなく感じたため、看護婦さんに痛み止めを頼みました。
「また昨晩のようになるかもしれませんよ」と言われたのですが、とにかく痛かったので、
お願いしました。看護婦さんは再び肩に注射をして下さいました。
またウトウトしましたが、今度は幻覚状態にはなりませんでした。

ふと気付くと、あたり一面、血だらけになっています。
パジャマやシーツが広範囲にわたって血で真っ赤です。
見ると点滴のチューブがはずれていて、そこから血液が逆流しているのでした。
あわててナースコールを押して看護婦さんを呼びました。
いったいどれだけの量出血したのかはわかりません。しかし数100ccぐいらいあるように、
見た感じでは思いました。意識ははっきりしていたので深刻な状況では無かったと思います。
しかし、ぐっすり眠っていて自分で気付かなかったらどうなったかと考えるとぞっとします。
後で先生にそのことを言ったら、「昨日の手術の時の方が比べ物にならないほど出血している
ので大丈夫です」と言われて、とても複雑な気分がしました。
その後も痛みがとても強かったので、座薬を入れてもらったところ、1時間後ぐらいに楽になりました。
二日目からは座薬を使うほどの痛みはなくなり、少し歩いたりもしてみました。
3
4日後から頭痛がひどくなり相当悩まされましたが、退院のころには大分回復していました。

私の場合骨盤が狭いので、二人目の出産も帝王切開になる可能性が高いのですが、
二回目の時は、一人目の時の経験をふまえて、注意したいことがあります。
 まず、幻覚は見たくないですね。術後の痛みは痛かったのですが、その痛みはすっかり
忘れました。(幻覚を再び見るかもしれないと言われても、痛み止めを注射してもらったのですから、そうとう痛かったのだと思うのですが...。)
しかし、部屋の景色がグルグル回る光景は、いま思い出しても大変だったとしみじみ思います。
幻覚を見た原因はさだかではないですし、体質も大きく影響すると思いますが、手術後すぐ、
まだ麻酔がきいていて痛くもないうちに、眠るために、痛み止めに使う薬を注射したことが、大きな原因ではないかと思っています。
 次に、手術後三日間ぐらいは、体を休めるために、面会時間は短めにしてもらおうと
思っています。特にお姑さんには、どうしても気をつかってしまいます。
初孫ということで、とても楽しみにしておられたので、来られる限り来ていただきましたが、疲れる部分やはずかしく感じることも多くありました。

 私の場合、陣痛を経験したいという考えが非常に強かったので、突然の予定帝王切開に、
とてもショックを受けました。一方夫は、帝王切開になって良かったと思ったそうです。
「自然分娩=途中で何がおきるかわからない」「予定帝王切開=子供は安全に産まれる」という考えだからです。

そのため帝王切開になって落ち込む私は、「こんな母親から産まれる子供が可愛そうだ!」ときつく叱責されました。
私としては、落ち込む気持ちは理解した上で、励まして欲しかったです。
これは、私の甘え心なのですけど、痛かった思い、大変だった思いを、少しは察して欲しいという気持ちもあります。

私が幻覚に苦しんでいた時、痛みに耐えていた時、点滴から血液が逆流した時、どの時も家族はいませんでした。
私は午前中は傷の痛みや頭痛がひどかったのですが、朝、昼と薬を飲むせいか、
3
時からの面会時間の頃には比較的元気になっていたのです。
そのため家族には、帝王切開は楽という印象が強いようです。
夫に帝王切開も大変なんだという話をしても「帝王切開は麻酔がきいているから、
麻酔無しの会陰切開よりは楽だ」などと言います。そんな時は寂しく感じますね。

私にとっては、出産は非常に複雑な思い出です。
出産直後は赤ちゃんが無事産まれたことの喜びが大きかったのですが、
その後自然分娩がいかにすばらしいかという話をあちこちで聞き、段々落ち込んでいきました。毎日泣いていた時期もあります。
しかし色々悩み、考えたことは、きっと人生のこやしになるし、命を生み出すことの重みを子供に伝える際にも、

とても役立つのではないかと思っています。


PONさん

神奈川県

神奈川県

30代

総合病院

1回

2002.8



39週の検診で、子宮口も開かず赤ちゃんの頭も高いため骨盤のレントゲンを撮りました。
また産道が狭いのと、高血圧のため妊娠中毒症のリスクを考えると帝王切開になる可能性が
ないとはいえないと言われ帝王切開のための検査を一通りしました。
結局そのまま41週まで待ち、41週5日目に陣痛促進剤による誘発分娩と決まりました。
前日の夜、ラミナリアを子宮口に8本入れました。
当日の朝の内診でやはり子宮口はほとんど開いていなく、その日の担当だった部長先生が
骨盤のレントゲンをチェックしていました。
促進剤の点滴を朝からはじめ、午後2時半に内診を受けたとき1~2分おきの強い陣痛が来て
いるにもかかわらず子宮口は2センチ大、赤ちゃんの頭も高く、すでに破水していたので先生から説明を受けました。
その説明では私の骨盤は下にいくにつれ狭くなっている形で赤ちゃんの頭が通るか通らないかはやってみないとわからない状態だったのだが、

結局この状態で赤ちゃんがおりてこないということは通らない可能性が高いので帝王切開にしましょうということでした。

しかし、その後手術室があかず、強い陣痛のまま4時間待たされました。
胎動が破水のため直接ひびき地獄でした。
もう、帝王切開に対する恐怖などは全く消え、とにかく「早く切ってくれ!」という感じでした。
午後6時半より陣痛室で手術着に着替え準備をし、陣痛のための衰弱で意識朦朧の中7時に
手術室に入り、陣痛の合間をぬって手術台にのぼりました。やっとの思いでした。
麻酔科の先生が自分の名前を言い麻酔の方法を手早く説明してくれ、心配ないですからと安心させてくれました。
麻酔科の先生と助手が一人づつ、産科の先生が二人、助産婦が一人、それから小児科の先生がいました。

執刀したのは昨日からずっと診察していて、今日もずっと診てくれていた部長先生自らでそれだけで安心できました。

麻酔科の先生が私の枕元にいていつも私に話し掛けてくれました。
まず、背中に痛みをブロックする注射を打ち、その後硬膜外麻酔をしました。
この麻酔をしたとたんに陣痛の痛みが消えましたが、次に吐き気が来ました。
でも朝食べた後何も食べたり飲んだりしていなかったので吐いても何もでませんでした。
気持ち悪いと伝えるとすぐに薬(酸素?)を入れてくれ吐き気もおさまりました。
その後、麻酔の効き具合を何回もチェック。
麻酔科の先生がOKを出したとたん、産科の先生がお腹を切りました。
感触は全くなし。下半身麻酔なので意識はしっかりあって耳元で麻酔科の先生が状況を
説明してくれるのをしっかり聞いていました。
切ってからすぐに赤ちゃんの泣き声が聞こえてきて、小児科の先生のチェックが終わった赤ちゃんが枕もとに来ました。

とっても感動しました。
3460gの男の子で、7時18分に産まれました。
そして全身麻酔がかかり眠り、気がついたのは手術室を出るときでした。

帝王切開をして一番つらかったのは、この後の数時間です。
手術室を出るときから既に呼吸が苦しかったのですが、調べてもらいましたが異常はありませんでした。
4時間ほど息が苦しく全く眠れず、のどがくっつきそうなくらい渇きました。
熱は38.5℃あり、足は麻酔がまだかかっていて動かず寝返りがうてないので体がしびれてきました。
何回もナースコールをして寝返りをうたせてもらって、夜中3時くらいに足の麻酔が切れてきて足が少し動くようになり楽になりました。
3時間くらい寝て目が覚めたときにはとっても気分がよく、子宮収縮のためお腹が痛く寝返りが
うてないものの、午後には尿管をとってもらいスタコラ歩いていました。
背中にはまだ硬膜外麻酔のカテーテルが入っていましたが。
その後子宮収縮剤の影響でかなりお腹が痛かったのですが、傷も痛まずきれいについて退院するころにはすっかり元気になりました。

帝王切開に対する偏見は幸いにも私は周りから全く受けませんでした。
逆に「大変だったね」の声の方が多かったです。
それよりもその後の私の風邪などで母乳をやめてしまったことの方が罪悪感が強いです。
私の場合は手術よりもその前の陣痛の方がきつく、手術は吐き気くらいで、とても手際よくいい
手術だったと思います。ただ、術後の麻酔からきれる数時間はかなり苦しかったです。
今思うのは帝王切開で産んでよかったということです。
今元気に横で寝ているわが子は帝王切開でなければこの世に生まれてこなかったと思います。
帝王切開は決して楽な出産方法ではないと思います。
でも、お医者さんが帝王切開の方がいいと判断したのならそれが一番いいのだと私は思っています。



あちゃんままさん

宮城県

宮城県

20

2回

1997・2002.9


9月に二人目を出産しました。
5
年前に男の子を緊急帝王切開で出産し、今回は前回帝王切開なので予定帝王切開になりました。

一人目は腰椎麻酔でしたが、かなり気持ち悪く足が動かないのとふるえが止まらず、
夜中まで赤ちゃんの顔も見たくないほど嫌な気持ちでした。
しかし今回はそれを医者側に伝えて、硬膜外麻酔と全身麻酔併用にしてもらいました。
一般的には腰椎麻酔らしいのですが、私は体格がよく背骨がわかりにくいので
入りにくいのではないかということで難しいという判断もありました。
全身麻酔は口の中に管をいれたりするのでたんが絡みやすく後からしんどいとかも聞いてました。
リスクが大きいなあとブルーになってましたが、いざやってみると二人目はとても楽にできたように思います。
酸素マスクを12時間しなくてはいけないのはひどかったですが。。

硬膜外麻酔で切るところまで意識があって、おなかをすうーとやられて「あ!切った」いう痛みのない感覚がありました。
その後いつの間にか意識がとおのき夢を見てました。それが全身麻酔に切り替わっていたのです。
その後起こされて「生まれたよ~」と言われ、ぼおーとしたまま赤ちゃんを見せられ触れました。
夢見心地の気分です。
おなかを縫われてるときもほんわかって感じで、でも足首とか動かせることができ気持ち悪くなかったです。
だるいーてかんじで意識があり運ばれているときは目を開けたいのに開けられないかんじのまま病室に帰りました。
だいたい30分程度の出来事だったみたいです。
3時間ぐらいそのだるさが続いたのですが、その後意識がはっきりしてくると足も動くし気分も楽になったのです。
首の後ろを強めにさするようにマッサージすると意識が戻りやすく効果的なのでやってました。
すると後陣痛が急にやってきたので、お尻から解熱効果と痛み止め効果のある座薬を入れてもらいました。
そのあとはよく体を動かすこともでき、次の日の午前中から尿管を抜いてもらい歩いてました。
硬膜外麻酔が2日ほどきいてたので右半身がまだ軽いしびれがあり、感覚がわからなかった
けど麻酔が切れたら元に戻りました。
麻酔でもこんなにちがうのかとびっくりしました。

3日目から麻酔なしでも平気になり、くしゃみも全然いたくなかったです。
シャワーもあびれて傷口を洗ってもよいといわれて驚きました。
洗ったり乾燥させてあげる方が治りが早いとのことです。
5日目からかゆくなりましたがテープによるかぶれだそうです。
あとガーゼに黄色い汁がついてちょっと化膿したにおいがついてたので聞いてみたら、、
脂肪がしみ出してきたとのこと、、気持ち悪かったです。
それも9日目になくなりました。

抜糸は7日目にやりましたが、二人目ということもあり傷の治りがいまいちなのでお腹に
テープを貼られて自然に取れるまでそのままにしていてといわれてます。
子宮は癒着もなかったと言われホッとしてます。でも今回でどうなるか。。
3
人目はどうですか?と聞いたら「やせてから考えた方がいいよ。。」とのこと。。。
でも今回の麻酔の副作用はほとんどなく気持ちもおちついてたので良かったです。
次回ももし授かったら今回の麻酔にしたいなあ・・・
(ちなみに麻酔がきれても腹筋できそうなぐらい痛みが消えててびっくりしました)


まいっちんぐさん

宮城県仙台市

宮城県仙台市

20代

個人

1回

2001.10


37週での検診時、医者から「赤ちゃんの頭がおかあさんの恥骨に引っかかってるね。
1
週間後に診ても変化無しなら帝王切開だね」と言われて驚きました。
それまでは本当に順調でしたし、私も腰がしっかり張ったいわゆる安産体型なので・・・。
他の妊婦さんよりかなりお腹が小さく目立たなかったのですが、それも医者からは問題ないと
言われてたし、骨盤内にしっかり赤ちゃんが納まってるからだろうと(私の勝手な推測ですが思っていたので、とても驚きました。
結局翌週の検診でも変化はなく、38週に入っているので、早急にオペしようということで、3日後に手術することになりました。
しかしその際の内診以降出血が収まらず、破水感もあったので、1晩様子を見て翌日病院に。
やはり破水しており、NSTでも弱い張りが規則的に見られました。
私自身は全く痛みもなく、ただお腹はやけにカチカチに突っ張っていました。
そこで緊急に切ることを決断。
帝王切開になる事はわかってたし、2日早まっただけだから大丈夫、と割と自分でも落ち着いていたと思います。

急だったため夫も実家の家族も誰も間に合わず、1人で入院の手続きを進め、悌毛や点滴、パッチテストなど済ませました。
オペ室まで自分で歩いていって、台にもよっこらしょと乗っかりました。
導尿してもらい、全裸で看護婦さんに囲まれ消毒液を塗られまくりながら、早く赤ちゃんに会いたいなーと考えてました。
実は、勝手に私は、局部麻酔だから赤ちゃんとも対面できるし様子をうかがってられるものだと思いこんでいました。
どんな風な手術で、どれくらい時間がかかってどういう経過をたどるのか、全く聞かされないままだったのです。
酸素マスクかしら?と思ったマスクが全麻のマスクでした。
「眠くなるよー」という医師の言葉に「え?!」と思ったけどもう遅い。
どんな手術だったか、どんなお産だったか、全く記憶がありません。

起こされたのは病室で、夫や母がベッドの横に立っていました。
恐ろしいほどのだるさと寒気、空気を吸っても吸っても感じる息苦しさ。
産まれたであろう子のことより、どうにかして私を楽にして!!という気持ちでした。
医師から「へその緒もぐるぐる巻きだった。切らなかったら本当に大変なことになってたね」と言われました。
運ばれてきた赤ん坊は、想像してたとおりの夫似の顔立ち。お鼻の大きな男の子でした。
対面した時は感動で泣いたりするものと思っていたのに、それよりも自分の体が辛くて、感動なんて状況じゃなかった・・・。
赤ちゃんに出会えたのに感動すらしない自分が情けなくて、母性がないのかと思ったり
したけれど、本当にそのときは自分の身だけが気になっていました。
徐々に腹の痛みを感じて、看護婦さんに肩に注射してもらいました。
これが良くなかった。
痛みは薄れるけれど同時に意識が朦朧としてきて、体が火照り、汗が噴出し、口が乾き出しました。
自分がどうなってしまうのか怖くてたまらず、朦朧としながらわけのわからないことを
夫に語りかけ続け、生きてる事を確認しながら1晩過ごしました。
そのときは本当に死ぬかもしれないと思っていました。
翌日看護婦さんに話すと、注射は痛みを取り、ぐっすり寝れるように朦朧とする性質を
含んでいる物で、逆らわずに意識を無くして眠ればいいのに、対抗しようとしたのが良くなかったのだと言われました。
それ以降は痛み止めは座薬を使ってもらい、怖い思いをする事はなくなりましたが、
母子同室だったため、入院した9日間、ほとんど眠る事はできませんでした。

入院中は体調は最悪で食欲もなく、ごはんもほとんど取れませんでした。
家に帰りたくて、毎晩泣いてばかり。
夫の顔を見ては泣き食事を見ては泣き。。
赤ん坊を可愛いと思う事もなく、世話をするのも面倒だし体がだるくて動きたくないし、
出来る限り看護婦さんに預けっぱなしでした。
そういう自分を「なんで自分の子なのに手を掛けてやる気になれないのか・・・」と責め、
出産の記憶、自分がこの子を産んだと言う実感が無い事が原因なのではないかと思いました。

お腹は確かにへこんでるのに、出産したと言う実感が全く無いのです。
なんで全身麻酔だったんだろう。
局部なら対面したり出来たはずなのに。記憶がないじゃないか。
だから母性が出てこないのだと思いました。一生そうなのかと思い、泣けてきました。

帝切で産んだこと自体は本当に良かったと思うし後悔もありません。
けれど、もっと手術について医師と話しをすべきだったし、どんなオペになるのか知っておくべきだった。
私は勝手なイメージを持ってしまってたし、医師も麻酔の仕方など明確に患者に説明すべきだったと思います。
そうすることで私はもう少し自分なりに満足の行くお産をできたはずなのに、そうできなかったことは悔やまれます。
でもあれから1年経とうとしてますが、毎日私なりに育児をして行く中で、少しずつ気持ちは変わって行きました。
義務感で世話をしていた息子は、今、私にとって何にも代え難い宝であり、私なりの母性をもって接しています。
どんな産み方で産もうと、どんなしんどい思いをしようと、この子を手に抱くことが出来て本当に良かったと思っています。
帝切だからとか下から産んだからとかいうことは問題じゃなく、ママが自分なりに頑張って、
それぞれのやり方で、満足いくお産であかちゃんを元気に産み出せることが一番大切なのだということが分かりました。
正直まだ少し、出産の実感がないことが心に引っかかってはいます。
これは一生消えることはないでしょう。
私と医師との疎通が不足していたことへの後悔の気持ち、100%の満足いくお産に出来な
かったことへの悔しさ、そういうもの全部含めてが、私の出産体験です。



じんこさん

熊本県

大分県・熊本県

30

個人・産婦人科、小児科併設の病院

2

1999.7・2002.5


妊娠後期に、医師から「帝王切開になるかもしれません。」と、突然告げられた。
予想もしなかったことで、かなり動揺したと記憶している。
子どもの頭が大きく、骨盤に収まらず浮いているフローティングと言う状態。
ただ、陣痛がおこればうまく収まる事もあるので、様子を見ましょうとのことだった。
ところが、予定日2日前、以前から悩まされていた耳鳴りが頭痛を伴うようになり、耳鼻科を受診。
妊娠中のためレントゲンはとれないが副鼻腔炎(いわゆる蓄膿症)だろうと言う事で、鼻の洗浄などしてもらい帰宅。
なんだか、歯医者で麻酔をされたような感じで、違和感があるなあと、思っていたら左顔面が動かない。顔面神経麻痺だった。
すぐ、入院、緊急帝王切開になった。本当に、何がなんだかわからない状態で、手術。
盲腸の手術をした事があったので、剃毛や麻酔などはなんとも無かったが、嫌だったのは導尿。
痛くて、看護婦さんにしがみついてしまった。
手術中も意識は、シッカリあり、医師達が世間話をしながら、淡々と作業を進めているのが
変な感じだった。これが出産なのかなぁ…って言う…。
それでも、赤ちゃんが誕生して、寝ている私の顔のそばに連れてきてもらった時は涙がこぼれた。
 
手術が終わる前に、麻酔が切れてきて、病室に戻ったらかなり痛くなってきたので痛み止めをしてもらう。座薬だったと思う。
3
日は寝たきりで、導尿の管が何処かに当たるようで痛かった。
初めて立ってトイレに行くときは、息ができなくて苦しかった。
手すりにつかまりながらトイレに向かい、(トイレを済ますと、少し楽になるから不思議。)
帰ってきた私に夫は、「サルから人への進化って感じだった。」と、のたまった。お気楽な奴…。
その後、私は治療のため、薬と点滴の日々。
お腹の傷が痛いのに、かめにおしっこをためるのもしんどかった。
赤ちゃんにおっぱいをあげることも、お世話することもほとんどできなかった。
結局、3週間近く入院し、退院する頃には娘はでかくなり(もともと3564g)、新生児室のお局様のようになっていた。


2人目~

顔面神経麻痺の治療や転勤などで、1人目の出産について考える余裕も無く、2年が過ぎた頃2人目を妊娠。
その時私は思い出した。あの手術の事を。
できれば、自然分娩をと思った。最初から、立会いを希望している夫と二人で出産したかったから。
医師は希望を聞き入れ、リスクの説明も詳しくしてくれた。
私は体重が増えないように気をつけ、7キロ太っただけ。なのに、予定日を間近にして、赤ちゃんは3000gを超えてしまった。
おまけに子宮口も開かなければ。陣痛じの字も来ない。
医師は希望すればまだ待ってくれると言う。私は迷った。
実は初期に切迫流産で入院していた。それを乗り越えてここまで元気に育った命だ。
一番大切な事は何か?結局、私は主人とも相談して、帝王切開を選択した。
手術には主人も立ち会ってくれる。一人じゃない。
 
麻酔や導尿(今度はそんなに痛くなかった)が済み、全裸の上に布がかけられた後で、
夫が呼ばれた。夫は私の顔の横に座り、医師に「手を握ってやっても良いですか?」と静かに尋ねた。
力をこめて握られた手の暖かさを私は一生忘れない。
赤ちゃんは、お腹から出た途端、大きな声で泣いた。
夫とその瞬間を共有できて良かった。3564g、長女と全く同じ体重だった。
血栓を防ぐため、足にエアーマッサージ(エステみたい)、硬膜外麻酔のおかげで痛みもほとんど無し。
1人目とは大違いだ!と思ったのもつかの間。導尿の管は2日目で抜いてもらったものの、
おしっこが出ない。結局、2回も管を入れておしっこをとられた。
大人なのに泣いちゃった。
おまけに、麻酔の副作用で、すごい頭痛が…。
頭が肩にめり込むようで、起きていられない。
授乳が辛かったが、今度は少しでもおっぱいをあげたかったので頑張った。
頭痛は、5日間も続いて、豪華だと評判のレストランでの食事を、2回しか食べられなかったのが悔やまれる。(本当に豪華だった…)

どんな方法でも、命を産み出すのは楽じゃない。
そして、どんな方法で生まれたって、命の大切さに変わりはない。
本当は怖がりなのに、立ち会ってくれた夫に、私達のところに生まれてきてくれた娘達に、感謝。
そして、命を賭けて命を産み出す、全てのおかあさん達にエールを。