双子
体験者:あこさん・ねむさん、薔薇色の日々さん、モコさん
表の見かた

お名前(HN)

居住地

出産地

年齢

病院(総合か個人か

帝切の回数

お子さんの生年月

HOMEPAGE


モコさん

熊本

愛知で里帰り出産

20代

総合

1回

2003.7

双子で双帯間輸血症候群の疑い


そろそろ3人目が欲しい。次は男の子がいいな。そして今度は自然分娩で出産したい。
VBACさせてくれる病院は近くにないかなぁ。との思いから何気なくパソコンを開いていました。
そして、私は次の妊娠にリスクがあり、自分の希望だけでは済まされない事を知りました。
そして一年半前の帝王切開での出産で、複雑な感情を味わった事を思い出しました。
その複雑な感情とは、嬉しかったり感動した反面、自然分娩で出産していない私は女として
損だ、本当の生命の誕生の感動を味わってないんではないか、との思いでした。
生まれてきた子供が保育器に入っているのを見ては辛くなっていました。
でも子供の成長を見ながら今は、何より無事に双子がスクスク育っていることが最高の感動と喜びであり幸せな事、と思っています。
私の周りにも帝王切開をした人達が何人かいますが、あまりその時の感情について話した事はなく、私はその時の複雑な感情を抱いた事を伏せるような感じでいました。
そしてそのまま忘れていましたが、ここのホームページで皆の経験や思いを知り、私だけじゃなかったって思いました。

しかし、やっぱりほとんどの人が色々な思いがあるって事は、女性であるが上に感じなきゃならない感情があり、何か悲しいような気持ちにもなりました。
そこまで深く考えなくてもいいんだとは思いますが、私は考えてしまいました。とはいえやはりスクスク育つ子供は愛しい!
なので、帝王切開やVBACについて少し知識を得た今は、三人目はどうやって生むかではなく、無事に五人目の家族として迎えたと思います。まだ妊娠すらしていませんが。

私の場合、妊娠判定の為の受診に行ったのが遅く、エコー検査では一卵性か二卵性かは判定がつかない状態でした。

しかし一応「双帯間輸血症候群」の事は説明されましたが、その可能性の指摘を受ける事無く、順調に経過していました。
私は身長が170cmと長身のため、双子出産には比較的有利と聞いていました。
体格も良い方なので、自然分娩できると信じていました。
それが里帰り出産のため実家に帰った先の初めての受診で、双帯間輸血症候群の疑いがあるためPICUの設備のある病院へ即入院するように言われました。
里帰り先の為、主人はおらず不安で仕方ありませんでした。
その後入院中の診察でも「疑い」というだけで双帯間輸血症候群とは言いきれないというままで過ごしました。

ただ「疑い」がある状態なので自然分娩は避けましょうと先生に言われ、オペの日にちが決まり、後は赤ちゃんが少しでも大きくなるのを待つだけ。
しかしオペ予定の1週間前、胎動が極端に少なくなり、診察で羊水がほとんど無くなっているので緊急オペとなり、帝王切開で2200gと1460gの女の子を無事出産できました。
結果は二卵性だった為双子に体重差はあったものの、双帯間輸血症候群にはなりえない事が分かりました。

自然分娩したかった思いはありますし、私は女性の特権と思っていた出産を経験できず、これでも自然分娩した人と同じように母性が芽生えるのかって悲しくなったり悩んだりしましたが、やはり無事に子供の命をこの世に送り出す事ができた事を誇らしく思いました。
しかもそうそう双子は妊娠できるものではありません。主人に「こんなに可愛い赤ちゃんを二人もお腹の中で育てたんだよ!すごいよ!」と言ってくれたことがとても嬉しかったです。



薔薇色の日々さん

静岡県

イラン

30代

総合

1回

1999.1



イランで排卵誘発剤によって妊娠し、妊娠5ヶ月になるまで双子だとは知りませんでした。
イランでは5ヶ月から超音波検査があるので、これによって双子を妊娠した事が判りました。
イランの自宅は坂道が多く、日本大使館の方にも“とにかく毎日歩いて足腰鍛えてネ!”と言われていたので、36週までは毎日1時間は歩いていました。
37週1日でおしるしが来て慌てて病院に行きましたが、先生は来週つまりおしるしから1週間後を術日としました。
その間も不安はなく、ごく普通に生活を送っていました。
術日前日の夜9時から絶食となり、当日は午前8時には手術室へ運ばれ、麻酔科や小児科の先生の挨拶があり、ナースが左右で血管確保や体の剃毛、導尿などの準備が始まり、執刀医(妊娠時からの担当医)が来たら、マスクがはめられ2~3回呼吸をしただけで眠りについてしまいました。

しかし耳からの音(医師同士の会話など)は聞こえてました。
お中から子供を引っ張り出す時も、自分自身の体が揺れていたのを覚えている程でした。
その後は完全に意識が 無くなり、気が付くと病室に運ばれていて小さなキャスター付きのベッド2つに男の子が一人ずつ寝かされていました。
二卵性の双子で、長男の蔵守(クローシュ)は2350g、次男の志名(スィナ)は2002gでした。
保育器にも入らず(イランではそうなんです)元気でした。

意識が戻った時点でナースに“吸わせてあげてね!”と言われ私の胸に一人の息子を覆い被せて来ました。
その時は子宮の収縮と縫合跡が痛いし、体力をかなり消耗しているような感覚だったので、“母乳なんてあげれないよぅ!”と内心思いましたが吸わせる時間が遅いと益々母乳が出なくなる、と言うイランの母乳論にせかされて、やっとこ息子達に乳首を吸って貰いました。

手術当日は水分も取れず、点滴と導尿でしたが、翌日の昼食からイラン米(日本よりもパラパラしている)と鶏肉のキャバブ(串焼き)とホットサラダ、ヨーグルト
でした。(ビックリですよね?!)
3時のオヤツには紅茶とビスケットでした。
日本のように徐々に、、、て訳ではないんです。(笑)

この日から自力でトイレと新生児室へ授乳に行き、術後2日目には沐浴指導、
3日目には縫合跡を先生が見て判断し、翌日つまり術後4日目に退院しました。
イランでは経膣分娩は翌日、帝王切開は3~4日で退院が殆どです。
自分でも“そんなに早く退院なんて・・・・。”と思いましたが、“自宅で安静にするのが一番の回復剤”と言われました。

そして日本と違うのは妊婦自身が生み方(帝切か経膣か)を選び帝切専門のDrと経膣専門のDrがいます。
出産翌日に思い切ってベッドから起き上がり、歩行しているうちに縫合部分も慣れて来たのか、ひたすらベッドで寝ているよりも回復が早いのかな?と思えました。 今思うと確かにそうなんですよね。
しかし全身麻酔はかなりキツクて術後も意識朦朧で翌日まで肺が痛く呼吸がしずらく、咳が出るのですが、縫合跡が気になって咳も出来ないのが辛かったです。
フルマラソンでもした位に体がだるく、ひたすら寝ていたい気分でした。
イランの全身麻酔は私にはかなり効いたようでした。

退院し帰宅すれば日本と違って家族が暗黙の了解で代わる代わるご飯を作ってくれたり、布オムツを洗ってくれたり、母親と赤ちゃんがスキンシップ出来る時間を作ってくれているので日本よりも体を休める事も出来たし、とても助かりました。
イランでの出産を体験出来たので、今度は日本での体験を是非してみたいと思い、今回第3子は日本での出産を決めました。



ねむさん

茨城県

茨城県

30

総合

2

2000.11・2002.7


1度目は切迫仮死にて帝王切開~
今回は双子のため予定帝王切開でした。
前回の出産と同じ病院、同じ先生にお世話になりました。
この病院は双子はみんな帝王切開というわけではなく、二卵性は基本的に経膣分娩で、一卵性は膜性にもよるけれど帝王切開になることが多いとのこと。
私の場合は、二絨毛膜二羊膜の二卵性双胎ですが、1人目を帝王切開で出産しているので、『双胎および前回帝王切開による選択予定式反復腹式帝王切開』
やはり安全を考えての帝王切開となりました。
ちなみに単胎の場合だったらVBACも可でした。

病院の方針で多胎妊娠は32Wから管理入院。
多胎妊娠にはいろいろとリスク&トラブルがあるようですが、幸い私はきわめて順調。
上の子もいて(出産当時18ヶ月)いろいろ事情もあったので、1週間延ばしてもらい、33Wからの入院になりました。
最初は退屈で仕方なかったけど、こんなにのんびり過ごせるのは今だけと思い、「何もしなくていい時間」を満喫していました。
二卵性で胎盤も別々なので、2人ともほとんど体重差なく成長してきましたが、入院した時はどちらも1800gもなかったので、小さく生まれることを覚悟してました。
でも管理入院で安静にしていたためか37Wには2400gを超えてひと安心。
入院中は、診察・内診及びエコー(1/)NST(2/)、血圧測定・児心音(毎日)行われました。

手術の1週間前、主人と一緒に担当医から改めて手術についての説明を受け、承諾書にサイン。
子宮筋腫も複数持っていて、前回の帝王切開ではついでに筋腫もとったので、今回も?と聞いてみると、切ってみての状況次第とのこと。
手術5日前、心電図、Ⅹ線、採血等の術前検査。
手術前日には、剃毛、爪切り、抗生剤のパッチテスト。
18
時の夕食後、21時に下剤を服用した後は飲食禁止。

7
23日当日(382D)手術は17時の予定。
いつもと同じように朝の検温、血圧測定、児心音チェック。
10:30
に手術衣に着替え、内診、浣腸。
11:00
~点滴開始。
14:00
NST。おなかの張りはほとんどないけど、2人の胎動は相変わらず激しい。
16:00
ごろストレッチャーが用意され、いよいよ準備が始まった。
麻酔を効きやすくするための注射をして、オペ室から呼ばれるのを待つ・・・。
手術は3回目(帝王切開は2回目)だからと、わりと余裕で構えていたのに、
いざ直前になってくると、なんだか妙に緊張してきた。
前回は緊急オペだったので、予備知識もほとんどなく、何がなんだかわからないうちに・・・という感じだったので、こうして待っている間が一番不安を感じていた時かもしれない。

ほぼ時間通りに手術室へ。
執刀は前回と同じ先生と、もう1人の産婦人科医。
助産士2名、オペ室ナース数名、小児科医も待機していた。
名前を確認し、手術台へ移る。裸で背中を丸め、背中いっぱいに消毒を塗られ、腰椎麻酔を打つ。
まもなく下半身がだるくなってきて、先生が先の細い棒のような物で足から胸の間をつついたり、つねったり、濡れた脱脂綿をあてたりして、麻酔の効き具合をチェック。
感触はわかるが、冷たさと痛さは感じなくなっていた。
切開部分だけ穴の開いた手術用のシートをかけられ、首のところからはシートで仕切られた。
目はガーゼのようなもので目隠しされた。

「はじめます」と声がして、横にスーっと線を引いたような感覚があった。
お腹を押されて、ぐにゅぐにゅとした感覚・・・
2
人が出てくるまではほんとにあっという間だった。
「右側の子から出します・・・はい、男の子!」1743分 次男誕生!
「・・・はい、左の子も男の子だ。」1744分 三男誕生!
2790g
2432gで双子にしては体重も十分。2人とも元気な産声をあげていた。
言葉にならない喜びがこみ上げて涙があふれて止まらなかった。
助産士さん2人が赤ちゃんを1人ずつ抱いて、顔を見せてくれた。
「こっちがお兄ちゃんで、こっちが弟クン」と言われても、同じにしか見えないんだけど・・・(^^;
その後はだんだん気持ち悪くなり、時間が異常に長く感じた。
それからは記憶が途切れ途切れで、気づくとオペ室の中廊下をストレッチャーで移動中だった。
手術室に入ってから出てくるまでの時間は、だいたい1時間半くらいだったようだ。
術後はものすごい寒気がして体がガタガタ震え、夏だというのに電気毛布をかけていた。
酸素吸入のマスクをつけられていて呼吸が苦しく、意識もぼんやりしていた。
下半身はまだ自分の体とは思えない感覚で、異様に膨張しているような気がした。
麻酔が切れてくると子宮収縮と傷の痛みが同時に襲ってきた。
そして、止血剤の点滴の副作用で強烈な吐き気。
寒気が治まってからは発熱と頭痛。一晩中辛かった。
2
日間はベッド上安静。尿管をはずして起き上がれるようになってからは、痛いけどなるべく
動くようにしたら回復は早かった。
縫合は溶ける糸で、傷はテープで止めてあるだけだった。
前回の傷と同じところを切っていて(お腹というよりヘアギリギリのかなり下の方)、
傷の大きさは13cmくらい。傷跡は前より細くて平らできれいな気がする。
退院診察のときに、2回切ったらVBAC不可。帝王切開も3回まで。
4
回目も可能ではあるけど高リスクなのでおすすめできません。と言われた。
子宮筋腫の摘出は今回はしなかった。

費用は、産前36日産後12日の入院で54万弱(手術費込み)でした。
出産一時金60(双子なので30*2)、高額医療費10万が支給されて、戻り金でおつりが出ました。
また、自分名義の生命保険からも給付金49万が入りました。
(
生保内訳:入院給付金22万・女性特定入院給付金22万・手術給付金5)



あこさん

神奈川県

神奈川県

20代

個人

1回

2001.2


2001年2月3日に、帝王切開で双子の男の子を出産しました。
理由は「双子」だから。
病院の方針で、双子の場合は安全を考えて帝王切開ということでした。
出産の3週間前に健診に行って、そのまま管理入院になってしまい、入院中に帝王切開で産むということを知り、ちょっとビックリでした。
管理入院中は、36週まではもたせましょうということで、毎日24時間張り止めの点滴の日々。
安静状態で、トイレもベッド上でした。元気はあるのに安静って、とっても苦痛でしたね。
でも、振り返ると、あのころが唯一のんびり出来たときかも・・・。

36週に入り、エコーを見たら、それまで同じくらいの体重だった2人に300gの差が出たので、「明日出しましょう!!」と帝王切開の日がすぐ決まったという感じです。
予定日は3/1だったのですが、双子だから早まるだろうとは思っていたけど、約1ヶ月早く36週と2日で、2844g、2504gで2人とも元気に誕生しました!!

何が辛かったって、手術後2日間の”絶飲絶食”ですね。
看護婦さんには「お腹が空くよりも、傷の痛みの方が大変よ!」なんて言われていたけど、お腹は空くし、のどは渇くし・・・。

手術は縦切りで、縫合はホチキスでした。手術後7日目にホチキスをはずしました。
痛いと思っていましたが、先生と話をしているうちにあっという間にとって下さり、全くと言っていいほど痛くなかったです。
はずした時にゆがんだホチキスの針を1つ記念にもらってきました。
手術後の回復は早かったようです。何しろ、その日のうちに”おなら”が出て、看護婦さんに驚かれました。
入院中はお腹の傷も痛くて、笑ったり咳をしたり、トイレでふんばったりすると傷口が開いてしまうのでは・・・?と心配になって、看護婦さんに聞いたら、そんなことはないわよー、と言われましたけどね。
傷も痛かったですけど、カワイイ我が子達に会えたので、それも今ではいい思い出かな!?

費用は、産前20日産後10日の入院(双子のため安全を考えて出産前から
管理入院になりました)で、プラス双胎分娩ということで約90万円かかりました。
当然、出産一時金は2人分もらえましたが、大赤字です!!