逆子(P.2)
体験者:ひよよさん、がるっちさん、ふしぎだねさん、かよさん、おすっぺさん、

ぱとすさん、ちーさん、ちとさん、大阪のみかんさん、ようこさん

表の見かた

お名前(HN)

居住地

出産地

年齢

病院(総合か個人か)

帝切の回数

お子さんの生年月

HOMEPAGE


ようこさん

神奈川県

神奈川県

30代

個人

1回

1999.6


妊娠発覚時から痛みに弱い私は、『無痛分娩』を希望し、無痛分娩専門の産婦人科を選び、通院しました。
が・・・妊娠30週の時点で、逆子と診断され、逆子体操をしたり、回旋術をしてもらったり。
それでもピクリとも動かずにそのまま臨月となりました。
36Wで、下から産みますか?切りますか?と選択を迫られました。
医師は無理して経膣で産んでも、死産や障害が残ったり・・・などと説明(脅し?)、自分で出産日を
決めるのは変だな?と思いつつ、

帝王切開に決定。

1週間後に手術日が決まり、なんともいえない一週間を過ごしました。
39w1dでの出産(主人がアメリカ出張中で、帰国するのを待っていたので遅くなりました)

帝王切開当日、朝食抜きでAM9時に入院しました。

まず、診察。逆子のまま・・・最後の望みは消え、帝王切開決定!浣腸・・・実は出産の中でこれが
一番辛かったです。
すっきりしたら準備室のような場所で、血管の確保・皮内テスト3箇所ほど・無痛分娩で使っているはずだった・・・硬膜外麻酔。
丸くなって、背中にまず麻酔。
これは予防接種ほどのチクッとした痛みで終了。
硬膜外腔にカテーテルを通し、軽く麻酔薬を注入。

腰の辺りがカァ~っとして、足の部分の冷たい感覚がなければ、硬膜外腔にきちんとカテーテルが入っているということで、麻酔の処置終了。
麻酔を覚まし、導尿して、剃毛。
手術台(分娩台?)に乗って肩のカテーテルに1度目の麻酔注入。
しばらくしたら、主人と実母が入ってきて、「頑張れ~」と。
5分おき位に2度、3度と麻酔を注入していき、手足を固定され、消毒、緑の布を掛けられ、病院内のすべてのスタッフが入室し、医師2名が入室。
この時、私の脈は最高潮!手術室中に響いて恥ずかしかった~
廊下にいた主人にも聞こえ、笑っていたそうで・・・

13時30分手術開始、35分息子誕生、生まれてすぐに、う〇ちをしたそうで・・・ちらっと見せられ、
処置室へ。
痛みはないはずなのに、グリグリと押されたり、引っ張られたり、うー―ん・・・看護婦さんの手を握り締め、耐えていると

「これが卵巣で」などと、看護婦さんに説明している。
子宮からの出血がないことを医師2名が確認し、縫合。ちなみに横切開。
いつのまにか、寝てしまっていたようで、はっと気付くと、すでに寝巻きを着て、手術台の上に寝ていました。
14時20分主人と実母が入ってきて、息子も登場。おっぱいを吸わせ、ビデオや写真を撮って、感動!!
でも、涙は出なかったなぁ・・・

16時30分病室へ運ばれ、また寝たようです。面会終了の20時主人と実母帰宅。
※主人が聞いたところによると、術後に「モルヒネどこ?」と医師が言っていたようなので、痛み止めにモルヒネを注入されていたようです。

もちろん痛みはナシ。
翌日の朝までに、看護婦さんや医師・助産婦などが2時間おきに来室。
痛みはまったくなく点滴の減るのを見ていました。興奮していたのか、術後寝すぎたのか、安定剤をもらったのですが、あまり眠れず・・・
術後一日目の朝は、お茶が1杯、お昼には重湯と薄いお味噌汁。ベットの上で起きて、食べました。

看護婦さんが息子をつれてきてくれ、ベットの横で授乳観察。
2日目早朝、導尿と麻酔のカテーテルを外してもらい、体を拭き初めてのトイレへ。
最後の点滴が終わり、術前からしていた点滴の針をはずし、超すっきり!体に管が何もついていない!!
11時~21時まで息子が部屋へ連れてこられました。初オムツ換え。今日までは病室で傷口の消毒・カーゼ交換。
3日目より6時~22時まで母子同室。おっぱいマッサージ。
4日目沐浴見学、この頃には、子どもを抱き普通に階段をスタスタと昇り降りしていました。マジックテープ式のウエストニッパーを付けました。
7日目退院 あまりに経過がいいので、AMに抜糸(これも痛くなかった)をし、PM退院しました。

結局出てきた息子は、3308g・頭囲36.5cm「帝王切開にしてよかったね」と医師に言われました。
この頭囲で経膣分娩していたら、間違いなく引っかかっていたそうで、『帝王切開して間違いなかった!

最善の方法だった』と自分に言い聞かせることができました。
辛かったことは痛みではなく、「普通の出産ではなかった」と姑に言われた時と浣腸でした。




大阪のみかんさん

大阪府

大阪府

20代

総合

1

2001.4


 私は、切迫早産になり、8ヶ月の終わりからずっと入院してたんです。
で、逆子がなおらずそのまま帝王切開になりました。(予定日2週間前)
帝王切開の予備知識も何もなく、破水したため緊急手術での出産となりました。

(
一応予定帝王切開だったのですが、その予定日の2日前に破水しました。)

手術は麻酔が効いて何ともなかったのですが、その後の痛かったこと!!

誰も手術の後があんなに痛いなんて教えてくれませんでした。
それに1ヶ月以上ベッドの上で24時間点滴の生活だったので(早産防止のため)
体力がかなり落ちてて、歩くのだけでもつらかったです。

母子別室だったので、術後2日目からは新生児室まで授乳に行くのに一苦労でした。



ちとさん

神奈川県鎌倉市

神奈川県鎌倉市

40

総合

1回(2人目は普通分娩)

1984.8 1989..7


17年も前ということは・・・お役に立つのでしょうか?
長男の帝王切開は、逆子と骨盤が狭いこと、赤ちゃんの頭の大きいことなどがあって、普通分娩は無理と切ることを勧められました。
普通分娩では母子ともに命の保証は出来ないとまで言われたの。
無知というのは恐ろしいものです。
言われるがままというのは、自分もいけなかったな。
こちらは麻酔が切れる頃の寒気・悪寒などはありましたが、比較的?
順調に手術も終わり、子どももすくすく育ち素直ないい子(あはは、問題の17歳になって豹変するかも?!)です。

長男出産後、半年は妊娠しないように気をつけてと病院で言われ・・・、
気をつけていたのですが・・・7ヵ月後に子宮外妊娠で生死の境を
彷徨いました。
出血もあり生理痛がひどいのかなくらいの気分でした。
あまりの痛さに耐えられず病院へ。
原因がわからず、入院。
朝になって意識がなくなり緊急手術。
卵管妊娠でした。

この入院・手術は長男出産の病院でした。
術後、糸に苦しみました。
糸は、溶ける糸が体質に合わなかったのか、それ自体が何らかの原因で無菌ではなかったのか、今となってはどうにも確認が取れません。
でも、使った全ての糸が化膿して穴のあいた傷口から黒い糸が飛び出してきました!
糸が完全に出てくるまで、その傷口にガーゼを詰め込み消毒して、一日おきにガーゼ交換のために通院していました。
この、ガーゼ交換が痛いの何の・゜゜・(×_×)・゜゜・。
今は、こんなことしませんよ、きっと。

当時もう少しきちんと病院からの説明を受けていればと悔やまれますが、今のように医療ミスが問題になっていなかったので、

いわれるがままの状態でした。
消毒を続けながら、糸が完全に取れるまで痛くて辛い日々でした。

次男を出産した病院では、逆子だって普通分娩できるのにと強気の院長先生でした。
一度切ってしまっているので、陣痛促進剤を使いました。
なかなか、薬が効かなくて微弱のままで最後は吸引。
まだ、出てきたくなかったのかもしれませんね。
次男も強情?!

この出産の後、尾骨の先の仙骨がおかしくなり一ヶ月ほど立って歩くことが出来ませんでした。
入院中は夢中で歩いていたのですが、実家に帰ったとたんに安心して動けなくなったの・・・ははは・・・情けないですね。



ちーさん

鹿児島県

鹿児島県

20代

総合

1回

2001.5


5月30日大雨の中、病院に向かう 私と主人。
いよいよ 赤ちゃんに会える嬉しさと、手術の不安、そして何より生きて生まれてくれるのか・・・五体満足なのか・・

それを考えると不安で 不安で、とっても 弱くなっていた私でありました。
この日も 主人は病院に付き添いできるのかと 思っていましたが、許可が出ず、面会時間終了8時ちょうどに看護婦が検温にやってきました。
私は 大泣きをしてしまいました。まるで・・・幼稚園児だ・・・と思っていても不安から、そうなっていたんです。
あ~~~今 考えると はずかし~・・・・

5月31日(晴天) 早朝から検診・浣腸でした。そして、点滴です。
お医者さんがやってきて・・・「あ~ これでつながれ紐になっちゃったね、かわいそうに~」「ま~頑張りましょう」・・・・

このときはよくわからなかったこの意味。
今思えば、あれから3日間は 点滴三昧でした。
午後2時にオペ。30分前に手術台にあがり 背骨に麻酔(カテーテル)・尿道を入れ込みます。
このとき 真っ裸のわたし。恥ずかしいなんて 感情はありませんね。
十字型になって、左手に点滴、右手に血圧です。
驚いたのは 両手・両足を縛られて 手術開始です。
おじいちゃん先生も手術着に着替え、キリッとしていてまるで別人でした。すてきだったな~・・・
 
看護婦さん達は 私の隣で 冷静に見ているのが不思議でした。
「怖くないですか?」と聞くと、「どーもないわよ」ですって、さすが・・・と感じましたね。

今 思えばその時、少し怖いわね・・・なんて 言われても困るな・・・って感じです。
お医者さんが、「足が 見えたよ~、女の子だよ」と教えてくれました。
羊水が出てきたのを 太股の感触でわかりました。
お腹が 「ドクン ドクン」とするのが分かります。痛いけど、私は 
「あ~赤ちゃんが出るのに 手足をばたばたさせている・・・」と思っていました。

周りは 静かです・・・・隣にいた 看護婦さんに 「赤ちゃん 暴れて元気だね。」と言うと「もう 赤ちゃんは出ているよ」っと返ってきました。

「え??」「泣いてないよ」・・・・・
それから、私の お腹はピークに 痛くなり、苦しいのと同時に 死産の文字が頭にうかびました。
・・・・そんな事 考えたらいけない・・・・と思いました。
お願いだから、泣いて~・・・生きていてくれたらそれでいいから・・・
五体満足なんて 望まないから・・・などなど・・・いろいろ考えました。
それから、小さく「あ~」と短く聞こえました。
「シュー」「バシバシ」・・吸引の音と赤ちゃんをたたく音だけが響きます。
私の 麻酔は完全に切れて、究極の痛さを感じました。
10ヶ月大事に育てて、死産だけはいやだと思い必死で、「赤ちゃんがんばれ」と言っていました。
もう大丈夫だよ!ときいても 見るまでは不安でした。
でも とりあえず「麻酔うって~」と叫んだ私であります。

沐浴を済ませた我がベービーちゃん、さっきまで 生きていてくれれば・・と思っていたのに五体満足に産まれたかどうか 

助産婦さんに確認をとった私です。
両手を縛られていたので、私の顔に触れさせてくれました。
今でも その時の感触がのこっています。
そうこうしている間に 手術も終わり 私も麻酔がきいてきて ぼーとしてきました。

そして、いつのまにか自分の部屋につきました。
それから 2日間は 完全看護です。
その日は 主人も 付き添いの許可がおりました。

私としては(精神的には) 昨日の方が一緒にいてほしかったな~と 思いながらも不自由の身なので 今日でよかったのかな?と思いました。

術後 看護婦さんが 何度も 「痛みは?」と聞きにきてくれましたが、
私は手術中の痛みのほうが 強烈で 術後は我慢出来る範囲というよりもあの痛みに比べれば全然痛くないって感じでした。 
「痛みに弱いと思っていたけど強いんだね」とまで 言われてしまいました。そんな痛みも 不思議と忘れてしまいました。



ぱとすさん

群馬県

群馬県

30代

個人

2回

1995.7 1999.1



上の子(1995/7)が妊娠中期で逆子とわかり、体操をしたりして直そうとしましたが治らず、横向きに落ち着いたまま・・・
骨盤も産道も狭いと言われ、安全にという事で予定日より2週間早く帝王切開で出産。出生2750g

手術は部分麻酔で、お腹切ってるのとかがわかっても痛くないのですが、お腹を縫う時お肉とか引っ張られている感じが何ともいえず、

そのうち酸欠で気持ち悪くなり酸素マスクしてもらいました。
でもずっと看護婦さんが手を握っていてくれて、手術初体験の私にとってものすごく心強いものでした。

術後はやっぱり傷の痛み&子宮収縮が重なって時間になるとすごく痛かったので座薬を入れてもらいました。
抜糸がすむまでお腹がつれて歩くのがとっても辛かった。
入院中1週間くらいは頭痛がひどくて立つのも大変で、このまま育児していけるか不安だったけど、1週間経った頃からやっと治ってホッとしたのを思い出します。(先生いわく、手術の麻酔とかの関係で頭痛が残ったとの事)

下の子(1999/1)の時も予定日より2週間早く手術。本人余裕もあり、手術の麻酔も前回とは違い頭痛の出ないものという事で、全然頭痛はなかったです。
手術も部分麻酔でしたがほとんど気持ち悪くはならなかった。
先生達も何故か和気藹々と世間話をしていた・・・気がまぎれてかえって良かったみたいです。
でもやはり子宮の傷の部分がかなり薄くなっていて、予定日より2週間早くして良かったそうです。出生2980g

術後は前回よりかなり楽に動けました。でも収縮剤を入れた後はかなり痛くなったので、座薬のお世話になりました。
あと悪露の出が悪く、子宮に溜まってしまい微熱が続いていて、子宮内を綺麗に洗浄してもらいました。
その後は良くなったと思います。
2人共同じ個人医院でしたが定評のある所で安心でした。
個室を取って実母に付き添いしてもらいました。
10日の入院で、費用は30万ちょっとだったと思います。
個室だったので2人目の時、上の子も一緒に泊まりました。
融通が利く個人医院はこんな時はありがたいです。
私の場合、早めの対応を医院でしてくれ、危険性がなかったので安心して手術に望めました。
部分麻酔は変な感じだけど、生まれた瞬間がわかって良かったです。
生まれた瞬間「元気に生まれて本当に良かった」ってジンときますよ、やっぱり。



おすっぺさん

大阪府

大阪市

20代

総合

1回

2001.1


私は1/21に帝王切開にて長男を出産しました。
しかしそこまでいたるには長い道のりがまってました。

つわりがひどく血を吐くしまつ。
つわりが落ち着いたと思ったら、私はお腹が張りやすいみたいでまず安静入院。しかし退院して28週で破水してしまったのです!
いつもかかっている病院ではもうみれないとのことでNICUのある産院へ救急車で搬送になりました。
一般に破水するとまもなく陣痛がつくようなのですが、私は検査してみると破水した位置が高いとこだったらしく毎日すこしずつ羊水がもれてくるという感じで陣痛はつきませんでした。
そこから2ヶ月ちょっとの絶対安静の日々が続きます。
毎日ウテメリンの点滴で張りをおさえ、トイレはベッドの横のポータブル。抗生剤投与や、色々な検査!

はじめのうちは根をあげそうだったけれど、ベッドの中で私は一人じゃないと思い必死で乗り越えようと思ってすごしていました。
お腹の赤ちゃんがずっといっしょに戦ってるんです!
おそらく32週くらいまでもつのでは?と前かかっていた先生に聞きましたが奇跡的に37週0日までもちました。

最初からずっと逆子で、羊水が少ない為、赤ちゃんもまわりにくいので、なおらないだろうということで私は帝王切開を選択しました!
おしりが下だったので下からでもトライできたのですが、私はなんでもいいからとにかく元気に誕生してくれればそれでよかったです!
ちょっとでも赤ちゃんのリスクがなくなればそれでよかったのです!
今は横で寝返りしようと一人でがんばってる息子がいます!元気に産まれてくれてよかったーと思う毎日です!
今も支えてくださった家族や先生、看護婦さん、助産婦さんに感謝しながら育児と家事をがんばってます!

一番大切なことはみなさん自身の赤ちゃんが、みなさんのもとに元気に産まれてきてくれることだと思います!
私は自分の赤ちゃんが無事自分のもとにきてくれて元気にすごしてくれていて本当に幸せだと思っています!

かよさん

兵庫県西宮市

兵庫県神戸市北区

20代

総合

1回

1996.12


私の場合は妊娠8ヶ月の最初に逆子が分かりました。
体操も教えてもらい試みたものの直らず旋回術にトライしたところ逆子は元に戻って安心しました。
ところが2週間後検診に行くとまた逆子。
帝王切開も覚悟しておいて下さいと主治医から警告を受けていました。現実になりました。

そして予定より3週間早い12月に切開。
生まれた直後息子は羊水を誤って飲み込み顔色も悪かったので保育器に入れられそのままNICUに入院。
1週間の間、黄疸があったりでこの子入院長くなるのでは?と思うくらいでした。
最初から体も弱かったので3歳なるまでいろいろありました。
今度はできれば普通分娩で出産したい気持ちです。



ふしぎだねさん

富山県

富山県

30代

総合

1回

1998.12


私は、妊娠3ヶ月のときに「妊娠糖尿病」と診断されたため、
その時から帝切の可能性はあると言われていたのです。(巨大児の出産確率が高いため)
その日から5ヶ月あまり、ひたすら体重管理に励み、インスリン注射(自分で打つ!)にも耐え、胎児に予想体重は理想的だったのに・・・

娘は逆子のまま36週目で前駆陣痛をおこし出産と相成りました・・・。
手術は覚悟の上だったので、それなりに終わりましたが、その後が想像とかけ離れていました。
まず、翌日から歩かされる!
1週間はベッドの上だと思っていたのに・・・。
抜糸も済んでいないおなかの傷は(私は横切りでした)痛む、痛む・・・。

未熟児で生まれた娘(2272g)は保育器の中なので、もちろん抱っこは出来ないし、授乳室でただひとり乳絞りをするのはとても哀しかったです。
極めつけは、まるで鐘を叩いているかのような頭痛!
主治医によると、麻酔の後遺症で10人に1人くらいの人に出るという事だそうですが・・・
あなた逆子が直らなかったときも10人に1人・・って言ってなかったっけ?

もっとパステルカラーの出産直後の日々を想像してたのだけど・・・、
普通分娩の人には判ってもらえない事が多いですけど、帝王切開って、寂しいですよね。
わたしも、もっと早くにこのHPに出会いたかったなぁとしみじみ思います。
ちなみに私の場合9日間の入院で、(周りからは早いと驚かれました。)20万円弱でした。
子供が保育器に入っていた7日間は保健診療で無料になるからだそうですが・・・。



がるっちさん

東京都

福島、東京

30代

個人、総合

3回

1994.9, 1996.7,
1999.12



初産の時の逆子が原因で私は結果的に三回共帝王切開となりました。
逆子体操をしても全く赤ちゃんは動きませんでした。
外転処置は危険度が高いためか話にも上がらず、それについて聞くともうお腹にスペースがないので、動かせないと言われました。
私がその当時かかっていたのは、里帰りはしなかったので、夫の職場に近い、小さな個人産院だったので、逆子のまま帝王切開となったのです。
37週ちょうどでした。この時の術後が最悪でした!
せっかく子どもが生まれても最悪の気分で、子どもに会いたいよりも、この痛みから逃れたい!とそればかりでした。
術後熱も出たので、二日間あまり動かずにいて、床擦れのように腰も痛くてたまりませんでした。
三日目に部屋を移動する事になって、初めて90度体を起こされて、悲鳴をあげ、冷や汗がばーっと出たぐらいです。
最初の部屋はベッドの背もたれが自動で上下できたのに、次の部屋は平べったいもの。寝起きする動作がいい運動になりました…。
この運動のお陰で、おならがでたと思うんですけれど、術後の傷の痛みにまけぬ痛みでしたねぇ~。
「腸が活発に動いて、傷に触るのでしょう」って言われたけれど、陣痛のようにきりきりきりーっと周期的に来る痛みには壁を押して乗り切ったものです。

二回目もこの同じ産院で受けました。だけど、この時は、総合病院に転院し、普通分娩をすべきだったと今は思います。
二回帝王切開してしまえば、三回目は絶対帝王切開になってしまうそうです。選択の余地がなくなってしまいます。
二人目は普通に頭を下にして育ってくれたし、手術台に上がった時にも初期陣痛が来ていました。
術後、床擦れを起こさないように一人目の時に通っていたマタニティーヨーガの腰痛体操をせっせとしていたのがよかったのか、術後の回復は結構良かったと思います。

三回目はその

時からたった三年しか経っていないのに、いろいろな面で全く違っていたと思います。
結局、実家から近い所で、大きな個人産婦人科病院にしたのですが、ここに決めた決定打は、主任看護婦さんがたのもしかったからです!
先生は手術当日しか関係して来ないんですよね。
他大切な所はほとんど看護婦さんに頼る事になるんですもの。
この産院に決めたのは妊娠9ヶ月の時。受診して転院の希望を言ったその日に手術日の予約をしました。

三人目妊娠中は、張りがひどく、母親の直感で、術日までもたないのではないかな、と思っていたら、案の定、おしるしがこれまた37週ちょうどぐらい(手術日よりも一週間早い)におりてしまいました。

病院に電話すると、すぐに荷物を持って病院へ来るように言われました。内診を受けると、出血が止まらないから、いつ陣痛が始まってもおかしくない。

病院の手術予定が混んでいて、緊急手術となった場合先生が空いていないなど問題が出てくるといけないので、今日手術しましょう、と言われました。
突然の事で、まだ三人目を迎える心の準備が出来ていず、不安でいっぱいで、涙が出て来そうになりました。

手術時間までには夫も子ども達もそして私の両親も病院に揃い、私も手術の下準備を施され、もう何も恐くない状態。愉しみもあったんです!
今回はじめて、私は産声を聞く事になるんです!
そう、これが初めての局所麻酔です。痛いのかなぁ、とどきどきしながら、脊椎麻酔を受け、あっという間に下半身の感覚を失いました。
注射は痛くなかったけれど、麻酔が段々と上に上がってくるというか、段々息苦しくなって来て、恐かったです。
娘がふんにゃ~と生まれた時は「うわ~!」と感動でいっぱいで
した。彼女は目を見開き、両手を空に向かって差し伸べていました。きれいな赤ちゃんでしたよ~。

あれ~、感動の涙って出ないもんだなぁ、なんて思っていました。
やっぱり一度は産声を聞くもんですね!普通分娩の人はあれを毎回聞く事ができるなんて…。

赤ちゃんがきれいにしてもらって、家族に会いに連れていかれてからは、息苦しさとの戦いでした。って大袈裟かなぁ。
麻酔の先生は、私の胸に水を含ませたガーゼを当てて「これがわかりますか?それなら大丈夫です」とつれなかったし、先生ってば、「この御時世に生まれて…」と出産の場にふさわしくない言葉を行ったりしたけど、ともかく無事に手術は終わりました。

この病院での回復のさせ方は上手でした!

私自身痛いからといって、寝たきりでいる方がもっと痛いとわかっているので、すっきりとした気分の術後はしきりに体を動かしていました。腰痛体操もしていました。
多分これが最後の私の出産のための入院生活だったろうけど、楽しくって、いいものになったと思います。

それに、大部屋にして正解でした。

痛みも逃せちゃう程、楽しかったから!やっぱりおしゃべりの相手がいるのっていいですね。

気分がいいと体の回復もいいのか、おっぱいの出もよく、母子共に健康に揃って、八日目に退院となりました。



ひよよさん

福岡県

福岡県

20代

個人

1回

2001.ま

まず、入院は2週間。手術前日に入院して、皮内テスト(注射)NST,剃毛をしました。夜12時以降は飲食禁止でした。
翌日、浣腸(!!)して、点滴を打ち、午後2時から手術開始です。
麻酔は腰椎麻酔でしたが、かかりが悪く、2回打たれてしんどかったです!
それから、注射針でつつかれ、かかり具合を確認したあとメスが入りました。
ちょっと痛かったデス・・・完全にきいてなかったのかしら?
私の場合逆子で、子供のおしりが骨盤にすっぽりはまっていたのです。
だから、頭が一番最後に出たので、頭がちょっとつっかえて、痛みとゆーか、内臓をえぐられるような?(ひえー)フシギな感覚がありました。
次の瞬間、元気な産声が聞こえ、涙があふれてました。
痛みと感動で・・・。
縫合の時も、時々ヘンな感覚がありました。
表面はホチキス縫合でした。
当日と翌日はベッド上での生活でしたが、当日の夜は後陣痛がすごくてつらかったです。
痛み止めを2回もらいました。
2日目からは自力で歩行、トイレにもいけるようになりました。
回復が早いってことで、普通より早く母子同室になり、寝不足でした(笑)
7日目に抜糸でしたが、その日のランチがお祝いのフルコースで、ワインが出たのでつい飲んでしまったら酔って具合が悪くなり、
そのまま抜糸したので痛みはなかったです(笑)伝説を作ってしまいました・・・・。

傷は意外とキレイでした。ちょっとつれ気味ですけどね。
2週間も入院してたんで、お局さん状態でした(^^;)