19.子宮内胎児発育遅延(IUGR)

第1子の出産時に、重症妊娠中毒症による子宮内胎児発育遅延により普通分娩不可と、わたしの腎機能低下。

また、出産当日の胎児心拍低下。
第2子、第3子は、中毒症は発症せず、予定帝王切開。

今度、2008.2月に(多分)4回目の帝切にチャレンジしてきます。
予定は12日に入れたのですが、お腹具合では5日に変更です。
今回、予定外の(想定外の)妊娠で、まあびっくりの4回目にチャレンジすることになりましたが、実は3回目の後に、医師から卵管結紮をすすめられたのを、しなかったのですね。
これが、幸か不幸かは別として、授かった子供を無事に産んであげたいと、一生懸命いろいろ探したりしましたが、現在の産科医師不足と地方と都市との医療格差により、大変残念ながら、わたしの場合は、NICUが併設もしくは、近所の病院での出産が大変望ましいのですが、住んでいる所にはないのです。
救急車を飛ばしても1時間半かかります。

知人の赤ちゃんが、心拍低下の後に帝王切開することができずに、子宮内で死亡しているので、大変残念です。

 

ですので、今回は予定帝王切開で、もともと知っている神戸に産みに行くことにしました。
たった一人で乗り込むので、大変不安がありますが、がんばるぞ!

 

ただ、近頃たまにみかけますが、自分でも気がつかなかったのだけれど、第1子の際の緊急帝王切開が大変激しかったために、精神状態が不安定になることがあり、多分トラウマとかPTSDというものなのかな、と思っています。


どのお産の際にも8ヶ月くらい(不安定になる時期ですね)から、毎晩3時から延々と泣き続けて、という具合ですね。

お産に対する恐怖と、緊急帝王切開の際の激しい記憶や、胎児死亡の恐怖、手術の際の痛みや吐いたことなどをリアルに思い出すので、うーん、やられているう、という感じです。
このあたりについての、産婦に対するケアはあまりないように思っています。
周りも赤ちゃんが無事ならよし、というのがありますしね。
いや、それはそうなんだけど、11年も引きずるというのは(お産の時に出てくるだけですが)やっぱり尋常ではない経験だったのでしょうね。
できれば、今回は、このトラウマとも戦ってきたいです。がんばるぞ! 


ただ、年齢もあるのか、4回目はリスキーだな、と思うことが多々あります。
やはり、腹の張り具合は今までとは違うし、子宮破裂の恐怖もけっこうあるし。
人によりけりでしょうけれども。でもがんばりたいぞう!

 


 

私は妊娠が今回3回目でした。
結婚してすぐ妊娠できたものの流産、半年後再び妊娠できたものの流産。
6週と8週でした。
その後いろいろな事情がありやっと授かれたのが5年後の去年です。


出血が9週くらいまで毎日あり8週には切迫流産で入院。

しかし何とか持ちこたえてくれその後は問題なくすごしておりました。
ところが・・・7ヶ月くらいから赤ちゃんが小さいねといわれ始め、その頃はまだ正常範囲内での小さめだったので気にはしていませんでした。
しかし35週くらいにやはり小さいなってことでNST検査を毎回することに。
赤ちゃんは元気だったので大丈夫だろうといわれていましたが その時私に下された診断は子宮内胎児発育遅延でした。
3週分は小さかったと思います。

 

そして36週に入り、小さいのと今度は羊水が少ないとのことで検診は通常週一回のところを週二回に増やしNSTで様子を見ていくことに。
でも38週の一回目の検診の日、先生に言われたことは『羊水が前回よりなくなっています。もう外来では管理できる問題じゃなくなっています。

今日すぐ管理入院してください。お産はそれからいつにするか他の先生と相談して決めますね』ということで検診から帰って1時間後には入院していました。

赤ちゃんはとにかく元気に動いてたし大丈夫と思っていましたが入院してすぐNSTをつけられ待つこと数十分。

先生がこられて『赤ちゃん動いてる?』って聞かれました。
そういえばあまり動いてないかも、それに張りもやたらあるなあ・・・・と思ってたら『実は胎児仮死が疑われます。今日緊急で帝王切開しましょう』と。
入院して2時間後には手術室にいました。


心の準備も何もできず急展開で手術になったけれど赤ちゃんのことが心配で。
でも手術の準備の間に別の先生がこられて(私の本当の担当医)『実は胎児仮死を疑ったけど赤ちゃんが寝てたのかもしれません。

今は動きがあるので。このまま帝王切開するかそれとももう少し自然にお産するのを待ちますか?選択してください』といわれたのです。
正直なやみました。

 

先生は貴重児といってなかなか授かれなかった人が出産するときは安全を考えて帝王切開することも多いんですよ、あなたの場合も貴重児ですから・・・・とおっしゃったので私はもう迷わず帝王切開をお願いしました。
その選択は間違っていなかったのです。


本当に羊水がほとんどなかったそうであのままお産を待っていれば危なかったかもしれないねとのことでした。
最終的には子宮内胎児発育遅延、羊水過少症、潜在性胎児仮死・・・この3つが私の帝王切開の理由になったようです。

 

手術は麻酔が十分に効いてなくてすごく痛かったのですが無事元気なわが子に会えたことでどうでもいいやって感じです。
娘は2316gと確かに小さめでしたが何も問題がなく、すべての原因もおそらくでしか言えないけど胎盤機能の低下(もしくは始めから悪かった。実はつわりが出産まで続き当日も吐いており体重が減ったままでしたのでそのせいもあるかも)だろうとのことです。
ついでに手術の際は子宮筋腫を2個も摘出してくださいました。

産後は帝王切開のことをあまり知らない主人の家族に悪気はないけれどさまざまなことをいわれました。
お産と違って楽でよかったね、お産と違うから退院後は動けるしいいね(by義母)
3人目欲しいけど3人目はさくっと帝王切開で生もうかな~(by義妹)


帝王切開=麻酔をするから痛くなくて寝ている間に産めると思っているようです。
実際の話をすると驚いてはいましたが。
このような悪気はないけれど素で言われる偏見(?)の数々。かなりこたえました・・・。
あんたは陣痛経験してないから駄目ねといわれているようで・・・・。
次も帝王切開しかムリと始めに先生に言われています。それは私も納得済みですが一度経験してからだと逆に怖いかもしれません。

でもそのことを検索しているとやこのサイトに会えました。

そして同じような方が多いことにびっくりしたんですが同時に勇気をいただけました。
今は胸を張っていけます。
帝王切開理由がいろんなもののオンパレードなので(笑)どれかがお役に立てるなら・・。

 

  

2人目~

一人目を出産してから約3年がたち再び妊娠することが出来ました。

初期はいつものごとく出血が続き安静の日々。

 

しかし今回中期以降は特にトラブルもなく、前回子宮内胎児発育遅延や羊水過少症がありおなかも小さめだったのですが

今回は標準なのと二人目なのとでお腹もかなり大きくなりました。

予定日10日前くらいに帝王切開するのが一般的・・・ということで予定日が920だったので10日に手術日が決定。

前日の99日に入院予定でした。

 

35週くらいから前駆陣痛が始まりましたが一人目のときもそのくらいから始まっており、それが特に陣痛につながることもなく・・・だったのであまり気にしておりませんでした。

 

93日に術前検査を行い、あとは手術日を待つだけの日々。

順序がわかってるだけに不安と恐怖で段々緊張してきていた私。

あまり動かないように(陣痛が起きては困るので)ということだったので出来るだけおとなしくしているつもりでした。

 

96日。入院前の最後の買い物に行こうと上の子は旦那に任せ一人でスーパーへ行ったり結構ウロウロしていた私・・・。

その夜いつもにましておなかが痛い。

生理痛のような下痢の時のような便秘のときのような・・・。

何だかわかんないけど痛い。なんだろう、これ?

そのうちトイレに行きたくなりなんとなく下痢気味。何度もトイレへ行きました。

あ、下痢なのかな・・・と思ってたけど23時を回るころ時計を見ていて気づきました。

なんか痛みが妙に規則正しい(67分おき)気がする??

 

もしかしてこれは陣痛では!?と急に焦り病院へ電話。

すぐ来てくださいとのことだったので荷物を持って上の子と旦那と病院へ。

病院に着いたのは97日になってすぐくらい(025分ころ)でした。

 

ついてすぐ病室へ案内され術着へ着替えるよう指示。

すぐオペになると思うよとのことだったので急展開にオロオロ。

深夜で人もいないので看護師さん2人であわただしく準備。

抗生剤のアレルギーテストや点滴、問診。NST。その後内診、洗浄消毒。尿の管がつけられ靴下もはかされ麻酔導入剤を注射され・・・。

そこからストレッチャーにのせられ手術室へ。

病院について30分すぎるかどうか・・・でもう手術室へ入りました。

一人目よりも緊急だった気がします。

 

いつもは2人の医師での執刀。しかし時間は深夜。担当医一人だけでの執刀に・・・

だ、大丈夫だろうか?と不安は隠せず。

しかも前回麻酔の効きが悪く非常に悶絶した手術だったため今回は麻酔が効きますように!!と願うばかり。

麻酔がかけられ段々効いてきた。今回は大丈夫そうだ!!

 

手術開始。しばらくしてお腹の中身が急にすっきりなくなった感触がしたかと思うと産声が!

97AM148分男の子誕生!!

ああ、よかった~~あとは縫って終わりだ~~と思ってました。

 

が。そこから異様に長い。

前回筋腫を2個摘出してるにもかかわらず赤ちゃんが出てから30分くらいで手術室を出ました。

でも時間は見えないものの何だかすごい時間が経過している気がする。

お腹を引っ張ったりきったりなんかしてる。まさか子宮摘出する気じゃ!?!?と真剣に焦りました。

もう一人の医師が到着し二人でなにやらしている。

 

そのうち麻酔が切れてき始めたようで足が動く。焦って『痛い』と叫んでみました。

ガスを入れてくれたので何とか痛みはなく・・・。

やっと手術が終わり、時計を見るとAM3時すぎでした。

一体何をしていたんだろう・・・。

医師がやってきて説明がありました。

 

癒着がかなりひどかったのでそれを全てはがしていたとのこと。

はがしているとどうしても出血が増えて出血量が多くなったこと。

なるほど。

しかし地獄はそのあとも続きました。

 

後陣痛が二人目のほうが痛いとは聞いてたけれど、傷が多ければ多いほどきついらしく

癒着をはがした私はさらに痛いと思うとのことで3日間後陣痛で苦しむ羽目に。

お腹も痛いし背中も痛い。息が深く吸えず声も出せないくらい痛い。

夜は当然眠れず痛み止めの座薬をフルに使ってもらいました。

 

このまま私はどうにかなってしまうのではないか?と本当に思いましたが3日目を過ぎる頃から少しずつ痛みも和らぎ、何とか起き上がれるようになりました。

しかし出血多量のせいで貧血は悪化。

おまけに産後の高血圧になり薬も処方され安静の日々・・・。

退院ももしかすると延期になるのでは?と思いましたが急に出産ラッシュがあったため、半ば追い出される形で無事退院してきました。

 

あと5歳若ければもう一人欲しいなって思ってましたが若くてもあんなに痛いのならもうごめんだわ・・・と思うくらい今回は痛みに苦しみました(笑)

回数を重ねるといろんな辛さも増すのだなと実感しました。

でも退院後の体調は一人目のあとよりもいい感じがします。体も軽いです。


 

3/27定期健診。NST。おなかがすこーし張ってきてた。

すると140150位だったbabyの心拍が60位にがくーっと下がって、機械で拾えなくなってしまった。
うそー?なにこれー?うちのbaby、死んじゃうの?機械が壊れたのかずれたのかもと触っていたら心拍復活。

ほーっとしたけれど、先生は「これはまずいよー」との事。
お腹が張って心拍が下がるのは、本格的な陣痛が起きたときにも心拍が落ちる可能性が高いという事。
「赤ちゃんが小さい」という事もあり入院。


今まで順調だっただけに初めての「入院」にとってもびびる私。
入院後のNSTでも同じような異常があり、帝王切開を勧められました。
手術するのはとっても怖かったけれど、NSTでお腹が張るたびにbabyの心拍が落ちるのを見るのはもう耐えられないので決心しました。
手術は翌日と決まり、NSTで危険と判断したらすぐに緊急帝王切開になると言われました。

しかしその後心拍は安定、予定通り翌日39週で帝王切開となりました。

術前準備は血管確保&点滴。浣腸、剃毛はなし。
手術室の入り口に保育器が準備されていました。
何が怖いって、腰椎麻酔が痛そうで恐怖でした。
でも、麻酔はすぐ効くと考えてみたら、案の定最初の「ちくーっ」を乗り切ったらやっぱりあとはふにゃふにゃになりました。

もはや自分の体ではなく恥ずかしさも感じませんでした。


あれよと言う間に服を脱がされ、導尿され、消毒され、「私」は「術野」になり手術が始まりました。

Babyが酸欠にならないように酸素マスクを当てられました。
いつのまにか切っていたみたいで、看護婦さんが「今から子宮あけますよー」って。
鏡とかあったらいいな、でも余計怖いかなどと考えているうちに、「赤ちゃん出すので引っ張られる感じがしますよー」という声。

イメージしていたとおり、ごりごりとほんとに力いっぱい引っ張り出している感じがしました。
先生が「頭が出てきた」と。見えないのはこういうとき辛い、何がどうなってるの?
見たい!!すると「ふにゃあふにゃあ」って声だけ聞こえました。やっと対面!!
緑色の布に包まれて、「にゃあにゃあ」と元気よく泣いていました。

 

何を見ればいいの?触りたいけど手が届かない、動けない。

とりあえず名前を呼んでみると、ちょっと泣きやんでこっちを見たような?ああ、生きてた、元気だ、良かったー会いたかったよ。

ほんとわずかな時間の対面でした。


Baby
はすぐ小児科の先生が見てくれてそのまま病棟へ連れて行かれました。
ちょっとすると電話が来て、2128gですって聞こえ、2000g以上あるんだー、良かったーって思いました。

その後は気が抜けた為か、なにやら意識が遠のいてきて、先生たちの話も半分上の空で聞いていました。

 

「お腹拭きますよー」といわれ、何かゴシゴシ。
これがけっこう気持ち悪くて、胃の方まで触られている感じがしました。
やがて子宮を縫っているのか、赤い糸が行ったり来たりするのが見えました。
思ったより縫うのには時間がかかるんだなーって思いました。
最後にお腹の皮をパッチンパッチン留め手術は終わりました。


手術室から病棟へ運ばれて、Babyとは別の術後回復室へ向かいました。
ああ、こんなに近くにいるのになんで会えないんだろう。

ほんとに私のお腹から出てきたのかな、間違わないかな?

取り違えたりしないかな?さっき見たはずなのに顔が全然思い出せない。

数々の不安が頭をよぎりました。


病室に戻ってすぐお腹がいたーくなってきました。

生理痛の強烈なのの連続版みたいなのが私の腰とお腹を苦しめる、これが後陣痛?陣痛を味わってないから強く感じるのでしょうか。

下半身はまだ麻酔が効いていてあまり感覚がなく、右足はかろうじて動くけど、左足は全然だめ。

最初に左向きで麻酔をかけたからそっちに残ったのでしょうか。


思い通りに動かせない体、どんどん痛くなるお腹と腰、Babyに会えない不安でいっぱいになりました。

ほんの数メートル先のNs室にいるのに、会いに行く事もできない。
こんなに遠くに離れてしまったのは初めて、昨日はお腹にいたのに、今はいない。
明日になったら会えるんだ、いくらプラス思考に考えてみても寂しくて、不安で、辛くて

そして痛みだけが自分を襲い、前日よりもさらに眠れない夜になりました。


翌日には導尿も外され、動いていいと言われました。
最初は車椅子でNs室に行きました。そして初めての抱っこ&授乳。
このとき初めて「生まれたんだー」と実感しました。

痛み止め使ってでも動いたほうが回復が早いといわれたのでその日のうちに歩き、お昼から流動食が出ました。


4
日目にはシャワーの許可が出て、母子同室になり、4人部屋へ移動。
5
日目に半抜糸、6日目に抜糸し、10日目で退院しました。
手術してすぐは「切らなくてもよかったんじゃないか」とか「自分で産んだ気がしない」とか考えましたが、時がたった今、可愛い我が子を前にして「これでよかったんだ」って思えるようになりました。

 


 

「IUGR」とは「子宮内胎児発育遅延」と言います。

具体的な内容は、お腹の中で上手く胎児が育たず、満産期(臨月)に生まれても赤ちゃんの体重が未熟児と変わらない事です。
まさか自分がそうなるとは思いませんでした。


月数が進むにつれて、周りから「お腹が小さくない?」と良く言われました。
自分でも他の妊婦さんと比べて結構気にしていたのですが、妊娠8カ月頃に「IUGR」と診断されました。


でもその前に看護婦さんが子宮底が前回から増えていない事に気付いて、先生に言って下さったのですが、先生は「平気でしょう」と。
次回の検診の時にやっぱり他の看護婦さんが気付いて、それでやっと診断されたんです!

それから毎日栄養補給の点滴&NSTをしに通いました。
何故NST?かと言うと、小さい赤ちゃんは陣痛のストレスに弱いそうなんです。
(お腹の張りですね)だからお腹が張ると、胎児の心音が下がる可能性があるそうです。


実際、私も妊娠9カ月の時に(最後の点滴日に)NSTをつけていたらお腹が張って、すぐ検査&張り止めの注射をされ、個人病院だった為その足で大学病院に行かされました。

大学病院では自宅安静と言われ、その後こちらで検診を受けるようになりました。

予定日前日、胎児の心音が不安定になってきて入院決定!
普通分娩か帝王切開の5分5分&その週に生む方向に決まりました。


予定日に入院し、病棟案内等してもらってからNST。
その時又お腹の張りがきたのですが、な~んと!胎児の心音が急降下!
そく緊急帝王切開に!もうず~っと泣いていました(笑)
だって初入院&手術なんだもん!


局所麻酔だったので、産声は聞けました。(術中の会話も)
お腹を開けて分かったのですが、羊水が濁っていたし、ウンチもしてたそうです。
その羊水を飲んだらしいです。あとへその緒が胎盤の一番低い所についていたそうです。


NICUには約1カ月入院していました。
「IUGR」は偶然起こる事じゃないそうです。
母親か子供の状態に関係あるそうです。
後は私&主人共、2,500g前後で生まれたので、それも関係あるそうです。 
体質が似ているからだそう。

 

2人目~

今回一人目を出産した大学病院に19週の時に転院をしました。
今回はどうやら赤ちゃんは順調♪
そして気になる今回の出産方法。

聞いてみたら「予定日近くに陣痛が来ないで子宮口が固いようだったら、帝王切開だね」と言われた。
私としては今回は下から産みたい希望が強いので、どうか順調に陣痛来ますように☆と祈っていました(笑)

 

だがその願いも叶わず、36週から子宮口が固いまま^^;
先生も「切る方向でいい?」と聞いてくるようになり、でもどうしても切りたくない私はなかなか返事が出来ない。
体重増加も6kg増しで済んだし、午前中・夕方・夜のウォーキング、酷暑の中の児童館通い(笑)等色々と体を動かしていました。
なにより今回は赤ちゃんが順調に育っている。
だからなかなか切る事に踏み切れない。
そして子宮口を柔らかくする膣剤を使ってみたが、全く効果無し^^;
それでも前駆陣痛は頻繁に来ていた。

 

予定日の日なんて「陣痛!?」て疑うのが来たが、結局だめだった・・・。
そして先生から「次の診察の時に、今より子宮口が変化無かったら翌日入院して
次の日に手術でいいかな?」と言われた。もう聞いた瞬間ショックだった^^;

そして運命の診察日。「あ~どうか柔らかくなっていますように!」と祈っていたが、結局変化無し・・・。でもやっぱり決心がつかなく延長してもらった。
先生は「もう他にやる事はないから後は待つだけだねー」と言われた。


先生は前回帝王切開の人に陣痛促進剤を使いたくないそうだ。
なんでも危険があるそうで・・・。
今回切ると次は絶対切る。私はこれをどうしても避けたかった。
やっぱり女性として生まれたから、下から産みたい気持ちが強かった。
今回切ればもうその経験も出来なくなる・・・。
ものすごく悩んで苦しかった。人生の選択みたいだった。

そして手術を予定していた日に又診察に行った。
すると羊水が少ない事が分かり、その日に即入院が決まった。
なにかあったら遅いので入院しながらモニターをつける事に。

自宅に戻り荷物を持って又病院に戻った。

看護婦さんから「シャワー×病棟以外に行く時は車椅子」と言われた。
入院中ずっと「陣痛来て~!!!」と必死に祈った。
だけど何も変化が無いまま結局帝王切開になる事が決まった。


もう気持ちの整理もつき「明日には赤ちゃんに会えるんだ♪」と言う気持ちになれました。
そして運命の日。手術の時間がいつになるのか当日になっても分かりませんでした(笑)
その間に産後に着る寝間着に着替え、帝王切開の人が必要とするストッキングを買いに行ってきた。
何故ストッキング?と言うと足のむくみ&エコノミー症候群防止だそうだ。


後は点滴を刺し、剃毛をしてアレルギー検査をした。
やっと手術の時間が夕方になったと決まった。
ナースステーションの横にストレッチャーが置いてあった。
それに乗って手術室に向かった。

前回は全く余裕が無かったが、今回は落ち着いて行けた。そして家族と別れて中に入った。


まず背中にずっと刺しっぱなしの麻酔から始まった。
その後あの痛い脊髄麻酔^^;やっぱり痛かった(笑)
段々足が温かく感じしびれてきた。麻酔が効いているかのチェックをし、「お願いします」の合図で今回は手術が始まった。
もう全く冷静になっていたので、普通に手術の様子をうかがっていた(笑)
途中変な声が聞こえたと思ったら赤ちゃんが生まれた(笑)
変な声と思ったのは赤ちゃんの産声だった(爆)


すぐに隣にある処置台に赤ちゃんが連れて行かれたので、処置が済んだ赤ちゃんが私の所に来て、顔をくっつけてくれた。
フニャ~て感触だった♪その後赤ちゃんとバイバイ。
私はその後の処置を受けていた。

なんだか今回はあっと言う間に終わったな~と言うのが今回の感想。

術後麻酔が効いているので、頭がかなりボーとしていた。

 

主人が来てくれたが、会話が出来ない程ボーとしていた。

頭の中で色んな事がグルグル回って消灯時間になってもなかなか眠れなかった。
息苦しさを感じ酸素マスクを取って貰った。
気が付いた朝だった。又目が覚めた時は痛みだった。
痛み止めの座薬を入れて貰ったら楽になった。

その後ベットを起こして座る練習をした。午前中に赤ちゃんに会いに行き、初授乳をした。そのまま歩きで最初にいた病室に戻った。
これを術後24時間以内にした^^;その日に道尿の管を取りWCに行ったが、かなり傷が痛くて歩くのが辛かった。

でも2,3日したら段々楽になった。
自分でも今回は回復早いな~と感じた。
傷跡もすごく綺麗で順調に回復していった。針も取って後は退院だけとなった。

前回の傷跡は固くなっているので切れないそうだ。
なので周りを切った。病棟の先生が「ウエスト細くなるよー」と言っていてた(爆)
今回は普通に新生児室に赤ちゃんがいて、授乳の時間になったら飲ませに行く。
この普通の事がどんなにうれしかったか言うまでもありません♪

 

~3人目~

オペ当日朝から点滴開始。
実は違う日に抗生剤のアレルギーテストをしたけど、これまた痛い★
「イテー!!!!」てなる程。

段々「あっそうだ!この痛みだ^^;」とオペへの恐怖がフツフツと沸いてきました^^;
主人に「段々怖くなってきた・・・」と電話したくらいです(苦笑)
私の血管は細いので病棟の担当医が苦戦していました(苦笑)
右利きなので左に刺して貰いたかったのに、結局2度挑戦して貰ったけど、
一生懸命血管を探していた先生もさすがにため息をついて結局右腕に^^;
そのたんびに私は痛い思いをして、青アザ残しただけ(爆)
そうそう抗生剤のもアザになっていたわ^^;

お昼前に主人と義母と上の子が来ました。
オペ室に向かうのが1時頃なので先にお昼を食べてきて貰いました。
この辺が3人目の余裕なんですかね(笑)
その間に私の両親と妹と下の子が来ました。
時間が近くなり看護師さんが2人来ました。
すでに朝から産後用のピンク寝間着に着替えていて、上下下着も脱いで準備万端。ストレッチャーに寝てオペ室へ。みんなに見送られて中へ。
案の定下の子は「ママー!」と泣いていました(苦笑)


オペ室に入る前に担当の麻酔医とオペ看の挨拶が。
その最中に外来の担当医がオペ前の挨拶に又来てくれました。
この先生本当マメなんです!
入院した日にも顔見せに来てくれて、「ゆっくり休んでね^^」と言ってくれたり、オペ前日当日も顔出して一言声かけてくれました。


オペ室に入りもう3度目なのでものすごい余裕でした(笑)
流れている音楽に気が付き「これ平井堅ですか?」と看護師さんに聞く私(笑)
丁度今オンエア中の世界中の映画版の曲が流れていたのでものすごくうれしかった(笑)
平井堅のあの歌声を聞くとリラックス出来て良かったわ♪
先生が「あれ?○○さん2人目だっけ?」
私「いえ3人目です」
と答えていると他の看護師さん達が「だから余裕なのね(笑)」と(苦笑)
「僕なんて一人だよ(先生)」「私なんてゼロですよ(看護師)」と和やかだった(笑)

先に硬膜外麻酔を始めました。
その後腰椎麻酔。今回は腰椎麻酔の方が痛みを感じなかった。
いつやったの?て位分からなかった。と、同時に剃毛&道尿もしたがこれも大丈夫だった。
今回はあまり痛みを感じなかった♪
オペ中はさすがに触られている感触が分かるので、時々「う・・・=△=;」と痛くは無いが声が出てしまう。
はさみで切られている感触も分かった。
しばらくするとグイグイとものすごい感触が!
「あっ赤ちゃんが出るのかも!」と思ったらやはりそうだった。


赤ちゃんの体をきれいにしてもらってから眼鏡をかけてもらって看護師さんが赤ちゃんを連れてきてくれた。
ものすごく感動した(泣)手も触らせてくれて赤ちゃんは一足先に新生児室へ。
私は眠くなる麻酔を入れられ意識がボーとなった。
ボーとしているなか、先生が「赤ちゃん2,800あったね」と。
当初2,500あるかどうかと言われていたので安心した^^


その後回復室へ。主人にも会えたがボーとしているのですぐ帰った。
術後今回も足につける血栓予防のポンプをつけ酸素マスクをつけていた。
心配していた癒着も無く子宮も2回の割には薄くなっていなかったそうです。
ただやはり4回目はうーん^^;と言われました。
回を追えば追うほどリスクは高くなると言われた。
卵管は縛っていないが今回で最後と思っているので恐らく4人目は無いでしょう。

さて今回とても怖い経験をしました。
翌朝まだ頭がボーとしていました。
前回は夕方のオペで翌朝には頭もすっきりしての起床だったのに、今回はまだ頭がボーとしている。

同じ日にオペをした人は私より後だったのに、
もう午前中には病室に戻っていった。

お昼近くになってもまだ頭がボーとしてすっきりしない。

 

時々寝ていたのだが起きてしばらくすると気分がいいのだが、又ボーとしてしまう。

しばらくして看護師さんが「赤ちゃん見に行ってみる?」と声をかけてくれた。

なんとか起きあがる事が出来たのだが、ものすごいめまいを感じた。

車椅子で新生児室に向かったのだが、すでにフラフラの状態で目の前がチカチカするわ、意識がなくなりそうになり、変な汗が出て目の焦点を合わすのがやっとだった^^;
なんとか赤ちゃんを抱っこしたが「これやばい・・=△=;」と思い、すぐ赤ちゃんを看護師さんに渡して又回復室へ。
するともう限界だったみたいで倒れてしまった^^;


目を閉じる事も出来ず口はポカーンと開けっ放しの私。
どんどん汗が出てきた。看護師さんが目の上に濡れたタオルをあててくれたが、しばらくこの状態だった。

間が経つと回復してきたが、ボーとするのは治らなかった。


病棟の先生にも「頭がボーとするんですけど・・・」となんとかしゃべったのだが、(しゃべるのもしんどくなってきた)「麻酔の影響だと思う」とだけだった。
でも体も動かせないし、意識はあるのだが遠のいていくような感じで、目も口も相変わらず閉じれず開けっ放しで乾燥して辛かった★
時々看護師さんが様子を見に来てくれるのだが、意識がはっきりした時は普通に話せるのだが、急に「あっ意識が変になる!」と思った瞬間話す事が出来なくなるのだ。
あまりにも苦しくてとうとう「苦しいです・・・(泣)」と泣いてしまった^^;
それでもこの言葉を言うのもしんどくてやっと言えたのだ。

その後、午後になっても回復せず段々私も「これは変だぞ」と不安になってきた。
回診で私の姿を見た別の医師達がやはり様子が変だと思ったようで、「いつからこの状態なの?神経内科呼んできて」と言っているのが聞こえた。(何人いたか全く分からない私)

 

それから神経内科の医師が来て色々と診察するのだが、それに答えるのもやっとだった。「ペン目で追って。これ痛い?」等色々質問された。
「今日は何月何日?赤ちゃんの体重は?旦那さんの名前は?」と。
「手ヒラヒラしてみて」と言われるのだが手を動かすのもやっとで、言われてすぐに行動出来ないのだ★
採血も腕と足の付け根からされたが痛みを感じなかった。


その後バタバタとストレッチャーを用意され、CT&MRIを撮りに行った。
私はこの時何をされるのか、どこに連れて行かれるのかが分からずものすごい不安&恐怖感を感じ開けっ放しだった口が堅く閉じ、ガタガタ震えてきた。
怖いのに涙が出てこなかった(泣)

「私どこに連れて行かれるの!?」と意識がもうろうとしている中天井を見つめながら運ばれていった。
本当に赤ちゃん残して私どうかなるのだろうかと思ったくらいだった。


撮影中もものすごい恐怖感でガタガタ震えていた。
夕方外来の担当医が来てくれてまだ外さなくてもいい硬膜外麻酔の管を抜いた。
(本当は2,3日刺しっぱなしなのだ)
痛み止めの麻酔なのでやはり傷の痛みが段々分かり痛みが増してきた★
色々と先生に聞かれたが答える事が出来ず(痛みででなく)相変わらず口をポカーンと開けた状態の私。


でも段々意識がはっきりしてきて、最初の頃に比べたら徐々に回復していくのが自分でも分かった。

その時看護師さんが来て「ご主人が面会に来ているんだけどどうする?」と聞いてきた。

本当はまだボーとするので会うのは辛かったけど、上の子も来ていると分かり頑張ってベットごと運んでくれた。
主人に今日の事をなんとか話しやはりまだボーとするのですぐ帰って貰った。
この状態を家族がいない時で良かったと思った。
主人達が見ていたらきっと顔を真っ青にしてオロオロしていただろう。

夜になるともう意識がはっきりと戻って普通に会話が出来るようになっていた。
看護師さんが「ハミガキする?」と持ってきてくれたり、飲み物は大丈夫だからと持ってきてくれた。

ずっと口を開けていたので喉がカラカラ!

しばらくすると神経内科の先生が来て様子を見に来てくれた。
この頃にはもうすっかり普通に話せる状態だったので、
「良かったもう大丈夫だね^^痙攣の時に出る症状と似ていたんだよね」と
「意識はあったんですけど受け答えが出来なくて」と説明をしていたら、急にもう大丈夫なんだと安心感を感じたせいかボロボロ泣きながら説明していた。
その後も興奮してなかなか寝付けない私を察してか、看護師さんが赤ちゃんを連れてきて抱っこさせておっぱいを吸わせてくれた(泣)

 

もう、うれしくてうれしくて(泣)なんだか普通にお産したのと同じ気持ちだった。
目が覚めた時は痛みだった。その後元の場所に戻り一般病室に戻る準備をした。
まず自力でトイレに行かれるかのチェック。
これが出来れば道尿の管を外せるのだ。

貧血がまだあるので途中フラ~となり、一旦椅子に座って休憩。その後分かったのだが最初の貧血の数値は7.9だったそうだ。
術後2日だったので起きて歩くのはきつくなかった。
なので管を外し荷物を運んで貰って一般病室へ。

本当今回の件で「お産は命がけ」と言うのを実感した。
気を張っていないと一気に意識がなくなりそうだったので、必死に頑張っていた。
この子におっぱいを飲ませないまま私どうかなるのか・・・と本当に思った。
顔見知りの看護師さん達もこのバタバタ騒動に驚いていたそうだ。
又ストレッチャーで運ばれると思っていたそうだ。
別の看護師さんからは「ウルウルしちゃったわよ」と言われた。
しかも婦長さんがわざわざその後の様子を気にして「○○さんどう?大丈夫?」と見に来てくれたのだ。やはり相当すごかったのだろう^^;
結局原因は分かりません。